韓国の反日は差別だ!

韓国への反論をするための方法を提供

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日本の自虐史観を支える洗脳!そのキーワードとは?

◎日韓関係を悪化させているのは、韓国の反日
◎それは韓国人による、日本人差別である。
◎戦後日本では洗脳があった

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<目 次>
1. なぜ日本では反日をする人が多いのか
2. 日本人は洗脳されている
3. 洗脳とは何か?
4. 日本における洗脳の状況
5. 被害者と加害者
6.日本人は加害者という差別構造!




1.なぜ日本人は反日をする人が多いのか?

どうして日本の悪口ばかり言う日本人がいるのか?
民主国家の場合、言論の自由が認められている。
それ故に日本の悪口を言うことも認められる。
だからといって、自国の悪口を執拗に言う態度は理解できない。


彼らは言うだろう。
「日本の悪口を言っているのではなく、批判をしているのだ。」
「それも日本のためを思うがこそ、言っているのだ」…と。


筆者は、それはデタラメだと思う。
彼らは日本の悪口を言うのが「面白い」からやっているのだ。


例えば、日韓であれば過去に何度も条約や協定、
それに約束をしてきた。慰安婦の「日韓合意」などはその典型である。


しかし悉く韓国は日本との約束を守らない。
それに対して彼らは韓国を批判せず、むしろ日本を攻撃する。


本当に「日本のため」の日本批判なら、
あからさまに韓国が悪い場合は、韓国を批判するだろう。
しかし彼らはそうではない。



例えば、自分の息子を愛している親がいる(ほとんどの親はそうだが)。
その息子が万引きをしたとする。


息子を愛しているのなら、そこで厳しく怒るべきだ。
そして店に対して謝罪をすべきだ。なぜなら愛する息子は道を間違えた。
それを正しい道に戻すためには、「こういうことはいけないことだ」と
教えなければならないからだ。


しかしそれが間違いだったらどうだろう?


例えば、店の勘違いであり、息子は万引きをしていない。
息子は「していない」と言っており、なおかつ親本人も
それを確信しているケースではどうだろう?


つまり息子は冤罪なのだ。


その時に親はどうするか?店に抗議するのではないか?
当たり前の話で、息子がやってもいない罪を着せられたのだ。
それなら店に対して怒るのが当たり前だろう。
逆に息子が万引きをしていたのなら、息子に怒るべきで、
そうじゃなく冤罪なら息子を庇うべきなのだ。


それは息子を愛しているからだ。


愛しているからこそ、
息子のためになることを最優先で行うのだ。
 

このように考えると、韓国が一方的に悪い場合には何も言わず、
日本の否定的な面がある時には居丈高になって日本を攻撃する。
まさに日本の悪口を言うことが目的ではないかと勘繰ってしまうくらいだ。


この人たちはどうして日本の悪口を言うのだろうか?





2.日本人は洗脳されている

筆者は先に「彼ら」と書いた。
彼らとは誰なのか?


筆者は「彼ら」を良心的日本人と言っている。
これは特に韓国などでも言われていることだが、
“韓国側から見て”良心的な日本人である。


歴史問題、外交問題では日本人でありながらも、
相手側に立って、相手側の代弁者になる。
元々進歩革新と言われる社会主義共産主義的な人たちが多いのだが、
自民党的な人たちの中にも一定規模が存在する。


彼らの意見を代弁すると、日韓関係を改善することは、
隣国日本のためになる。
そしてそのためには日本が韓国に誠意を示さなければならないのだ。


なぜなら日本は韓国や中国に対して悪いことをやったのだから。
だからその罪を悔い改め、真摯に反省して、謝罪することで、
日韓、日中関係は良くなるのだ。そのため韓国に誠意を尽くしている。

ということだろう。



しかし筆者は言う。
これは洗脳の結果なのだ…と。


つまり戦前の日本に対して、悪いイメージを刷り込まれ、
加害者意識を持つように教育されているのだ。


ウォーギルトインフォメーションではなく…
日本で歴史問題に対する“洗脳”と言われると、
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム
(以下「WGIP」)のことと思うかもしれない。


WGIPとは、
保守系の評論家である江藤淳氏が最初に発表したもので、
GHQが日本を占領していた時代に行っていた
「日本国民に罪の意識を植え付けさせるための宣伝計画」である。


現在の保守系の人の中には、
このWGIPによって、日本人に罪の意識が植え付けられたので、
自虐史観が形成され、殊更、日本の悪口を言う人たちが出ている、と言うのだ。
そして自虐史観を克服するため、WGIPの呪縛から逃れることが必要だと。


 しかし筆者の言う洗脳とはそういうことではない。
 そして現在の自虐史観はWGIPのせいでもない。



確かにWGIPの効果はあっただろう。
ラジオや新聞で日本軍の残虐行為が連日伝えられ、
それに伴い、日本人の中の意識が変わったのは事実である。


しかしGHQは1952年にはいなくなっていた。
なおかつその途中からWGIP自身が、
逆コースの影響であまり行われなくなっていた。


それ故にWGIP自体が存在したこと、ある一定の影響があったこと、
日本国民の意識に変化があったとは間違いないが、それだけではない。
筆者の言う洗脳とは別の意味なのだ。


因みに筆者は何でも他人のせいにはしたくない。
もちろんGHQのせいにも。何より事実関係として、
GHQ支配が終わってから
60年以上もその効力が残っているのも理解できない。


つまりキッカケはWGIPであっても、
その効果を維持し、促進する別の力が戦後働いていたのだ。


筆者はそれが日本の自虐教育であり、洗脳だと思う。
 そしてそれは今も続いているのだ。 





3.洗脳とは何か?

洗脳とは外的な力を用いて、ある人の思想や主義を根本的に変えさせること。
本人にも気が付かないうちに考えを変えさせることをいう。

つまり洗脳されていることは本人も気が付かないのだ。
だから「洗脳されている」といわれた時には、
ムキになって否定したりする。

洗脳をする場合はいくつか方法があるが、
大きく段階に分けられる。
それは「脳の抵抗の弱体化」と「教化」である。


例えば洗脳について書かれた古典的名著である
「洗脳の科学(リチャード・キャメリアン)」によると、
以下のように書いてある。

洗脳は二つのプロセスから成り立っている。
第一は「抵抗を弱める」ための過程  ~略~  
第二は、教化の過程で、転向させる目的で使われる説得のメカニズムである。

「洗脳の科学」 P42


つまり(洗脳する相手の)脳の抵抗を弱めて、
人の意見を聞きやすくして、そして説得教化をするのである。


この脳の抵抗を弱めることを「条件付け」、
そして教え込むことを「教化」という。


洗脳をする際に、「条件付け」を行い、脳の抵抗を弱めて、
「教化」をして、新たな価値観を教え込んでいく。
これが洗脳である。


以下は条件付け教化と言う言葉を使う。
まず「条件付け(脳の抵抗を弱める)」をすると、
これまで信じてきたことが信じられなくなる。
これまでの価値観が崩壊して、現実を受け止められなくなる。
これこそが洗脳の第一段階である。


例えば恋人に振られた時のことを考える。
大好きな彼にフラれると、精神が混乱して、現実感が喪失し、
色々な考えが噴出するが、考えはまとまらない。


こういう状態の女性は、何か別のモノにすがりたい。
つまり別の考えを受け入れやすくなるのだ。これが「条件付け」である。


このような条件付けが終わると教化の段階に入る。
ここで必要なのは評価者である。


評価者もしくは採点者と言ってよいが、
対象となった人物の言動を評価するのだ。


先程書いたように、洗脳とは新たな価値観を植え付ける。
それまで考えてなかった価値観、考え方を「自らの意思で」転向したと思わせる。


その際に必要なのは、考えさせることだ。


洗脳時には、相手に価値観を押し付けない。自ら考えさせるように仕向ける。
例えば、どうしてこうなったのかと思うか?と対象に問うて、考えさせる。
その答えが望ましければ褒めて、望ましくなければ再考するように促す。


決して「これが正解だ」と強制しない。
そうではなく、「あなたの力で正解まで到達しなければならない」と勧めるのだ。



因みに矛盾することを書くが、
この教化の目的は考えさせることではない
そうではなく、望む方向に誘導することなのだ。


つまり評価者は「自分で考えなさい」というが、
実際にはその対象は評価者の顔色を伺う。
そして評価者の対応によって、正解を知るのだ。


評価者が「もう少し考えよう」と言えば不正解だし、
「よく考えているね」と言えば正解なのだ。


中国の撫順戦犯管理所では旧日本軍の戦犯が収容されていた。
彼らは元々ソ連に抑留されていたのだが、中国に引き渡されたのだ。


そこで中国による洗脳工作が行われた。


そこで行われたのはどういうことか?
中国側は一切の拷問や虐待をしなかった
むしろ日本人戦犯の待遇は非常に良かった。
しかし先の第一段階「条件付け(脳の抵抗を弱める)」はうまくいった。


日本人戦犯側は中国側から何をされるのか戦々恐々だった。
そして中国からひどい目に遭うと思っていたのだ。


しかしそうではなく、中国に厚遇された。
そこで日本人戦犯側は考えた。どうしてだ?」


こういう状態が洗脳には望ましいのだ。
脳の抵抗を弱め、新しい考えを受け入れやすくする。
これまでの価値観(中国人にひどい目に遭う)を揺るがされ、
何が正しいかわからなくなる。


こういう状態に持ち込んだ上で、次の方法に移る。
罪の告白だ!


そこではあなたが中国人民に対して行った罪を、
正直に告白するように言われる。
そして罪を書いて管理者にもっていく。
それを見ながら管理者は言葉を添える。


「まだ素直になっていないのではないですか?」


もう脳の抵抗が弱まっている。そのため管理者の意見に素直に従う。
それ以上に管理者の評価を気にするようになる。


彼は管理者に強要されない。それどころか自由に書いてよいといわれる。
しかし「自由に…」といわれながら、実際には自由ではない。

管理者の評価を気にしながら書いているのだ。


評価者の顔色で、行動で、自身の行動を制限しているのだ。
しかし外面的には制限されていないので、
自由に”“自主的に行動していると思っている。
それ故に洗脳されている自覚はない。


これが洗脳の恐ろしさだ。




4.戦後日本における洗脳の状況

筆者は反日に積極的に反日をする日本人がいるのは、
洗脳の効果だと言った。
しかし日本では共産圏などと違い、
成熟した民主国家であり、「言論の自由」がある。
その中で多様な言説が容認されている。


このような状況で、洗脳などは可能なのだろうか?
それも大勢の国民に対して!


筆者はそれが可能だと思う!
以下では日本における洗脳の状況を説明しよう。


先に説明したように、洗脳には二つの段階が必要である。
「条件付け」「教化」である。


「条件付け」は脳の抵抗を弱めること。
これまで信じてきた価値観を否定すること。


日本においてそれは敗戦だった。


敗戦の結果、多くの人たちが価値観の転換を余儀なくされた。
それまでは鬼畜米英と言って、アメリカを敵視していたのが、
マッカーサーを神と崇め、「ギブミーチョコレート」の時代となった。
敗戦は多くの日本人に価値観の喪失をもたらした。


つまり洗脳における第一段階の「条件付け」が成立。
そして脳の抵抗が弱められ、日本を信じていた価値観が喪失し、
新たな価値観を受け入れられる基盤ができた。


その時に入ってきた考えが、
社会主義共産主義といった左翼イデオロギーだった。


戦後の価値観の転換により、
特に大学などでは左翼イデオロギーが蔓延することとなる。
大学は元々左翼イデオロギーの強いところであったが、
戦前は軍国主義の影響もあり、取り締まられていた。


しかし戦後は左翼活動の制限が無くなった。
このような状況は戦後の大学、特に国立大学を左翼に染めていった。
そして多くの学生がその影響を受けるようになる。
そして左翼の影響を受けた卒業生が、多く社会に出ていく。


そのような中で、特にマスコミ教育界では
左翼の影響が強く出るようになる。


なぜその2分野で左翼の影響が強いのかと言うと、あまり競争が無いからだ。
つまり競争のある分野では左翼活動がしにくい。
例えば組合などに入り、ストなどを行うことがあるが、競争があるとやりにくい。
自社の売り上げが落ちるからだ。


他方、大手テレビや新聞社など(雑誌社などは別)では競争がほとんどない。
確かに視聴率競争や部数競争などは激しいが、経営レベルではあまりない。
大体、新規参入がほとんどないので、寡占状態を維持することができる。


そのため左翼活動を行っても、売り上げを落とす心配がない。
ただし最近はネットTVなどができたので、状況が変わるかもしれない。


教育界なども全く競争はない。
最近のように学生が少なくなれば別だが、昔は子供の数は増えていた。
それ故に特に国立大学では経営を考える必要はなかった。


また両者とも政治活動と自分の仕事との垣根が低いことも影響している。
一般企業ではできないことも、番組作りに託けて、
自身の応援する団体のプロパガンダをすることも可能となる。
大学教授なども政権批判をすることは、自身の仕事と重なる部分もある。


このように戦後ではマスコミと教育界(特に大学教授)などが、
左翼の影響を受けて、世論を誘導することが可能となった。


そこで敗戦を受けて、「条件付け」をされ、脳の抵抗が弱まった状態に、
左翼活動の「教化」が加えられる。
本来、左翼活動自体は、反日活動に対して直接関係はない。
しかし日本の場合は少々異なる傾向を示す。
それは「戦前の否定」があるからだ。


実は戦後の左翼活動を推進する上で大きな武器となったのは、
戦前の否定と言う価値観だった。
日本は壊滅的な敗戦をしたことにより、国民は多くのショックを受けた。
このショックこそが「条件付け」となったのだが、
その際、左翼主義者が訴えたのが「戦前の否定」だった。

これは非常に効果があった。


なぜなら日本国内で多くの人が傷つき、
家族や友人を失った戦争は絶対の悪となっていた。
そしてそれを遂行していた軍部も怨嗟の的となっていた。


戦後の左翼は、この世論に便乗する形で軍国主義批判、
そしてそれの引継ぎと見做して保守系批判を強めていた。


つまり敗戦ショックを受けて、
価値観が揺るぎ、条件付けが行われた日本国民に、
戦後の教育とマスコミを支配した左翼は、
「戦前の否定」と言う価値観を植え付けていった。
それもマスメディアや大学教授などの権威が行ったのだ。


これらが戦後の日本で行われたことだった。




5.被害者と加害者

ところで戦後の初期の段階では、
多くの日本人に対して戦前の否定をすることは効果があった。


なぜなら多くの人たちが被害に遭っていたからだ。
父親や夫、息子などが兵隊として戦場に連れて行かれ、
自身も空襲や飢餓、貧困などと戦った経験を持つ当時の人たちに、
戦前を肯定することこそ難しいことだった。
それ故に「戦前を否定」することは容易いことで、
なおかつ多くの共感を得る事柄だった。


しかしそれも段々難しくなる。


なぜなら世代が経過してくると、
戦争の記憶が薄れてくるからだ。そのため戦争のことを訴えて、
憲法9条を守れ」「息子を戦場に送るな」「いつか来た道」等訴えても、
徐々に支持を得られなくなっていった。


つまり「戦前の否定」だけでは難しくなったのだ


例えば戦前を否定し、
戦前と保守政党自民党を結びつけることで支持を獲得してきた社会党
1950年代までは勢力が伸長するが、60年代に入ると横ばいになり、
60年代末ごろになると議席を急減させる。


例えば1969年の衆議院選挙(小沢一郎土井たか子が初当選した時の総選挙)では、
自民党が圧勝する中で、社会党は約140→約90議席と激減している


その時の総括の中でリーダーの一人だった江田三郎は、
「9条改正反対ばかり言い過ぎた」と反省していた。
当時は終戦から25年。若者には戦後生まれも目立ち始め、
「いつまでやってんの?」という雰囲気が出てきた。
まさにジェネレーションギャップである。


また60年代には景気が良くなっていることも見逃せない。
50年代から始まった高度経済成長は、日本を経済大国に押し上げた。
そして国民は飢え苦しんでいた状態から解放され、
豊かな生活を謳歌しつつあった。


左翼のイデオロギーでは資本主義は行き詰まり、
社会主義共産主義の時代が来ることになっているが、
むしろ東側の国家の方が行き詰まり、資本主義国の日本は益々繁栄している。


こういう中で戦前を否定し、
自民党をその引継ぎと見做して攻撃しても、選挙に勝てない。
逆に自民党は選挙に勝つことで、自身の政策の正当性を誇示できた。


豊かになる日本の中で、戦前を否定し、被害者を煽り、
強調するだけでは自民党を倒すことはできない。
むしろ顰蹙をかうだけであった。


つまり被害者一辺倒では難しくなったのだ


そこで出てきたのが加害者意識だった。
日本人は被害者ではなく、加害者である。
こういう図式が出てきたのが60~70年代だった。
例えば朝日新聞が「中国の旅」を連載するのが1971年である。


左翼は、政権批判をするのに、自民党を「戦前の引継ぎ」と見做し、
それで攻撃することで選挙に勝ってきた。
ところが60年代以降は、それだけだと支持を獲得することができない。
そこで日本人を加害者と位置付け、外国を煽って日本を攻撃することで、
自民党政権の批判をしようとする動きが活発となった。


実はここに問題がある。
加害者意識とは洗脳の重要な要素なのだ。



加害者意識とは自己批判

実は加害者意識とは自己批判につながるのだ。

先程書いたように、
洗脳には「条件付け(脳の抵抗を弱める)」と「教化」が必要である。

そこで「罪の告白」が重要となる。


罪を告白すること、自己批判をすることは、自分を否定することだ。
自分を否定することとは、相手(評価者)にすべてを委ねることを意味する。


日本人を加害者とし、韓国人を被害者とすることは韓国人を一方的な評価者とし、
日本人を評価される側にする。


これこそが洗脳の構図なのだ。



先程の中国撫順戦犯管理所において、
評価者である中国人は、日本人に“自主的に”考えさせたという。


それと同じことがこの構図で起きる。
つまり韓国側の顔色を伺って、
彼らの評価を気にして迎合することが正しいことだと思うのだ。

 それも“自主的”に!





6.日本人は加害者という差別構造!

日本人を加害者とし、韓国人を被害者とし、
それによって一方的に日本人を攻撃する構図を作るのが差別構造である。


その差別構造を支えているのが、
日本人に対する洗脳の構図であり、それが益々差別を固定化しているのだ。


この価値観を維持し続けることが、日本人を洗脳するツールとなるのだ。
そしてそれは現在でも維持されている。


日本人は加害者というと、そうかな?と思われる。
それは我々日本人が洗脳されているからだ。


この考えに抵抗できないのは、長年にわたる洗脳の成果と言える。


罪はあくまで個人のモノであり、日本民族の罪ではない。
ましてや当時の日本人ならわかるが、その後に生まれた我々の罪ではない。

ユダヤ人を妻に持ったドイツ人のカールヤスパースは「罪を4つ」に分けている。
・刑法上の罪:法律違反をした罪。裁くのは裁判所
・政治上の罪:政治体が罪を犯し、誤った行為をした場合、
       その政治体に所属していたことの罪。裁くのは戦勝国
・道徳上の罪:例えば命令によって罪を犯しても、
       その個人は、刑法上は罪に問われないかもしれないが、
       実行した本人に存在する罪。裁くのは自分の良心
・形而上の罪:犯罪に対して、それを阻止する行動しなかったことに対する罪
       裁くのは神


このようになっており、
ヤスパースは「道徳上の罪」と「形而上の罪」を他人が裁くものはないと言っている。
さらに「刑法上の罪」は裁判所、「政治上に罪」は戦勝国が裁くという。
つまり韓国が裁くものではないのだ。


さらにヤスパースは「当時のドイツ人の罪」と明言している。
つまりのちのドイツ人ではなく、ナチスドイツ当時のドイツ人の罪があるとしているのだ。
「政治上の罪」の部分でヤスパースはこう書いている。


すべての人間がどのような支配を受けるかは、本人の責任でもある


つまり「支配を受けた」ことを罪の根拠にしているのだから、
戦後のドイツ人(ナチの支配は受けていない)には罪はないということになる。


この言説から言うと、
例え昔の日本人には罪があっても、戦後生まれの日本人には罪はないのだ。
因みに筆者は戦前の日本人にも、こと韓国に対しては全く罪がないと思う。


日本人の持つ「自分のせい」という意識はとても良い考えだと思う。
日本人同士の場合は相手とのトラブルを無くし、円滑に進めるための潤滑油となるだろう。
しかし違う考えの民族との間ではトラブルを作ることになりかねない。
実際に韓国との間では争いが絶えない。


このような日本人への加害者意識こそが、洗脳のツールであり、
その洗脳によって贖罪意識を植え付けられている。
この贖罪意識が韓国の反日を容認して、より韓国の反日を煽る。
それに日本人が反発して日韓関係を悪化させている。


この加害者意識こそ、我々が克服すべきものなのだ。


加害者…というキーワード。
これを我々が克服しない限り、日韓関係の改善はない。
日韓関係の改善のためには、我々の加害者意識こそ克服すべきなのだ。

日本人は差別されている!その差別者の正体とは…?


◎日韓関係を悪化させているのは、韓国の反日
◎それは韓国人による、日本人差別である。
◎実は日本人差別の主体は、別にある

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元ブログの記事はこちら


1.日本人は差別されている
2.差別の定義
3.韓国による日本人差別
4.戦後日本の状況
5.左翼による保守系叩き
6.日本人への差別構造
7.ネット右翼の怒り



1.日本人は差別されている

 日本人は差別されている。
 こう聞くと驚くだろうか?


 日本人を差別しているのは韓国や中国なのだ。
 多くの日本人が日本は韓国人を差別していると思うかもしれない。
というより、そう思っているであろう。また韓国人もそう思っている。
 

 日本人には多くの思想の人がいるが、
大きく分けて右派的な保守思想と左派的な進歩革新思想があり、
後者はリベラルとも言われるが、
昔、進歩革新と言われた人達は現在では
リベラルを公言することが多いようだ。


実はこの構図が日本人差別を作っている。




2.差別の定義

 ここから先は「韓国」に限定して話を進める。
同じような構造は中国にも当てはまるが、
話を分かりやすくするために韓国に限定して進める。


 「日本人が、韓国人に差別されている」という話を進めるにあたって、
はじめに「差別の定義」が必要となる。


つまり「差別とは何か?」である。


一般的に使われるのは、国際的な条約である「人種差別撤廃条約」の定義だ。
人種差別撤廃条約とは正式には
「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」といい、
その名の通りあらゆる人種差別の撤廃を働きかける条約をいう。

この条約は1965年に国連総会で採択され、1969年に発効。
日本は1995年に加入している。


その第1条第1項には人種差別の定義として、

この条約において、「人種差別」とは、
人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは
種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、
政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における
平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、
享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう。


つまり「人種」や「肌の色」「民族」などで「区別」をしてはいけない、
と定義している。


このような定義は正当なものである。しかし筆者には不満もある。

それはどうして「差別をするのか?」といった部分が無いからだ。
そう考えると、この定義では不十分だ。故に人種差別以外の差別も抱合し、
その動機及び目的まで含めた定義を必要とする。



そこで筆者の定義だが、

現実上もしくは架空上の差異に決定的な意味づけを行う。
その意味付けに則って、相手を攻撃する構図を作り、利益を得ること。

ここで重要なことは「意味づけ」である。
これはいわゆるレッテル貼りで、それによって相手を攻撃する構図を作るのだ。
目的は相手を攻撃すること。それによって利益を得ること。
この利益とは金銭だけではなく、相手を攻撃する面白さや楽しさなども含む


一例をあげよう。肌の白い人がいる。肌の黒い人がいる。
この2人は明確な差異がある。肌の色という差異が。
しかしそれには意味は無い。だが差別主義者はこれに意味づけを行うのだ。
それも「決定的な」意味付けを。


「決定的な」とは、
それによって相手を一方的に攻撃できるような意味付けである。

先程の繰り返しになるが、それに意味は無い。
肌が黒くても白くてもそこに意味は無いのだ。
しかし「肌の白い=高級」「肌の黒い=野蛮」という構図を作る。
そして肌の色で人間の質が決まるという「決定的な意味づけ」を行うのだ。





3.韓国による日本人差別!

韓国は日本人を差別しているとはどういうことか?
それは先の差別の定義からわかる。

 つまりレッテル貼りだ!


韓国は自分たちを被害国、日本を加害国とレッテルを貼る。
そして相手(つまり加害国日本)を一方的に攻撃する図式を作るのだ。


これには事実でなくても良い。
筆者は日本の朝鮮統治時代は、現地の朝鮮人にとって良い時代だったと思う。
人口が激増(つまり生存しやすい)して、経済成長をし、
戦争にも巻き込まれず(末期は除く)、飢餓もほとんどなかった。

日本の統治する前の約100年間で、
4回も大きな飢饉があったことを考えると、隔世の感がある。


 それ故に朝鮮半島では少数の例外を除いて、
反乱が起きなかったのだ。


しかしそのような歴史は都合が悪いと偽造する。
日本統治時代を悪い時代とし、それ故に日本人を加害者とする。
対する韓国人を被害者とし、日本人を一方的に攻撃する構図を作り出す。


 これが差別の構図だ!


これによる韓国の得る利益とは何か?
それは日本人を侮辱する、差別する、悪口を言うことによる面白さや楽しさ、
また日本からの批判や反論への防波堤、そして交渉をより有利にすることなどだ。
対日本交渉においては、より有利になるのだ。


このようなメリットがあるのが、韓国の反日である。
こういう状況では日韓関係の改善は見られないだろう。


筆者は日韓関係を悪化させているのは、韓国の反日が唯一の理由だと思う。
 

それに日本側が反発することで、日韓関係が悪化しているのである。
その点では日本に責任はない。しかし日本側には全く責任はないのだろうか?


実は日本側にはより根深い問題がある。
それは戦後日本の価値観に関する事柄だ。
 




4.戦後日本の状況
戦後日本を語る時に欠かせることができないのは「戦前の否定」である。
これが戦後の価値観を重要な部分を占めていた。


戦前の日本は軍国主義であった。
日本は、アメリカをはじめ世界中を敵に回して戦争を行い、そして敗北する。
後に残ったのは焼け野原の日本と、GHQによる支配であった。


 つまり日本はコテンパンに敗けたのだ。


この状況は戦後、「戦前の否定」となって現れる。
戦前を肯定するものは「反動」「軍国主義者」と呼ばれて、非難された。
当時は戦争で家族を失ったものが多数おり、戦前を肯定することは、
その犠牲者に対する冒とくと考えられた。


そして国民を守るための軍事力が、実は日本人への禍になったと評される。
日本が侵略戦争をしたこと、国民を守らなかったこと、
むしろ戦争に強制的に参画させたことなどをもって、
日本人に敵視される状態になった。


このような状態は戦前=軍国主義と位置付け、
その肯定を許さないという雰囲気を作り上げていった。


「戦前の否定」から、戦後新調した勢力がある。
それが左翼だった。左翼は右翼との対比で使われるが、
ここでは「社会主義共産主義、またはそれを心棒する人」という意味で使う。
また彼らは当時「進歩」「革新」と言っていたので、
「進歩革新勢力」という言葉も使用する。


これは戦後の特徴でもあるが、経済では成長より分配に力点を置き、
生産手段の国有化や共有化を求め、外交ではソ連や中国、
北朝鮮などの東側との関係を重視し、憲法9条を守れという考えである。


このような人々は戦前には弾圧されていた。


このような経歴から戦後になって、「戦前が否定」されると、
むしろ支持が集まった。特に大学などは左翼の巣窟となった。
そして左翼学生が毎年社会に排出されていった。


彼らの中には社会人になってもそのイデオロギーは変わらないが、
社会人では利益を追求することが求められる。
これは左翼主義者とは相反する考えだ。
そのため労働組合などでは過激な思想からストが乱発されることになったが、
一般会社では徐々に左翼活動が下火になっていった。


その中で例外的なのが2つの業界だ。それはマスコミと教育界だ。
その共通点は競争が無いことだ。



つまり利益を追わず、競争が少なく、顧客の要望に右往左往する必要がない。
一般企業ならストなどをやれば顧客離れが起きるが、彼らはそうではない。
テレビも番組間では激しい競争があるが、会社間ではそうではない。
大体、新規参入がほとんどない。
ただし最近はネットの参入により、状況が変わってきているといえるだろう。


また彼らの特徴としては、政治活動と自分の仕事の垣根が低い。
マスコミは政治批判が仕事だし、教育も政治からの独立を求められる。
それ故に政治批判が常態化しているのが実情だ。


そういう意味では競争が無いことと、仕事と政治活動の垣根が無いことが、
彼らの中の左翼人脈を維持することに役立ったと言える。





5.左翼による保守系叩き

彼らは社会主義共産主義社会に憧れを持ち、そういう社会を作ろうとした。
しかしそういう社会はできなかった。逆に社会主義共産主義の国家が行き詰まりを見せて、崩壊していった。


先に書いたように戦後日本では「戦前の否定」が一般的だった。
それ故に戦前のレッテルを貼られることは戦後の世論において致命的になった。


野党=左翼はそこに目を付けた。
自民党を戦前の引継ぎとレッテルを貼ったのだ。


そしてそれは自民党を下野させるためだった。


それまでも左翼は保守を叩いていた。
それは自民党という保守政権が君臨していると、
国民が社会主義の恩恵に浴することができないから。
そのために自民党を下野させなければいけない。
そうすれば国民の生活は良くなる。

それが左翼文化人の考えだった。


つまり左翼も国民のことを考えていたのだ。


しかしその考えが破れた。社会主義国になっても、
共産主義国になっても、決して国民を幸せにできない。
しかしこれまで左翼は自民党叩きしかやっていなかった。
これまではより良き国民生活を実現するための社会主義共産主義だった。
しかしそれができなくなった今、彼ら左翼は意見を修正するのだろうか?


しかしそうはならなかった。
彼らは手段としての反自民党を目的化したのだ。


つまり自民党攻撃そのものを目的に、そこに喜びを見出すようになるのだ。
人は賽の河原に石を積み上げるような仕事に喜びを見出せない。
そこに別の意味を見出す。

彼ら左翼文化人には、自民党攻撃しか喜びを見出すものはなかったのだ。
そして歴史問題で攻撃することが、左翼が一番効果的な方法となった。


よく彼らはネット右翼を称して、
リアルな生活が充実せず、下層な生活をしている。
その憂さを「韓国」や「在日コリアン」を攻撃することで晴らしている、
と述べる。


しかし実は日本の左翼こそが、
自身の理想が破れたことを自民党叩きで憂さ晴らししているのだ。
語るに落ちるとはまさにこのことなのだ。






6.日本人への差別構造!

実は先に筆者は、韓国人による日本人差別と主張した(「3」を参照)。
実はこのことは全くその通りである。
しかし実はもっと根深い問題がある。
これを指摘している人はほとんどいないが、これこそが事の真相なのだ。


実は日本人による日本人差別こそが、戦後日本の真実なのだ。


先に書いたように戦後の日本は「戦前の否定」が正しい価値観だった。
戦前を肯定することはタブーとなった。
そして「戦前の否定」から、
戦後の国民は被害者意識から加害者意識を強調されるようになった。
これは「世代交代」と「進歩革新勢力の低迷」が拍車をかけた。


こういった風潮の中で、よく言われるのが「歴史“認識”」だ。
「正しい歴史認識」などという文脈でよく使われる。
これは中韓などがよく使っているが、国内でも進歩革新勢力でよく使う。


この“認識”とはおかしくないだろうか?

“認識”とは何か?辞書によると、こうある

ある物事を知り、その本質・意義などを理解すること。また、そういう心の働き


平たく言うと、「モノの見方」のことだろう。
例えば、現在の日本の首相は安倍晋三である。彼をどう評価するか?
良い首相だろうか?悪い首相だろうか?


この評価は人それぞれだろう。そして正解はないのだ。
「安倍首相は良い首相だ。なぜなら…」
「安倍首相はヒドイ首相だ。なぜなら…」。
このようにここに理由があって、評価がある。
その理由の妥当性をもって議論になるのだが、
その評価は多様であっても良い。


しかし「正しい…認識」とは、多様な意見を圧殺してしまう。
例えば日本の朝鮮支配は良い時代なのか悪い時代なのか?
「良い時代」という意見があっても良いのだ。
他方悪い時代という意見があっても良いのだ。


そこで議論が生まれる。
しかし「正しい…認識」と言った段階で、他の意見は言えないのだ。



実はこの「正しい…認識」とは、戦後日本では決まっている。
それは「戦前を否定」することだ。つまり戦前を肯定してはいけない。

戦前=悪」という考えから、
「戦前を否定する=善」「戦前を肯定=悪」となる。


そして論争相手や政敵に対して、「戦前を肯定する」という
レッテルを貼り付けることは非常に効果的な作用を生んだ。
それによって相手を一方的に攻撃できるのだ。


 そしてこれが差別の構図なのだ!


つまりこういうことだ。
先の差別の定義で言うと、日本人の中に
「戦前を肯定する日本人」と「戦前を否定する日本人」に分ける。
そして戦前を肯定する日本人=悪、戦前を否定する日本人=善として、
戦前を肯定する日本人を一方的に攻撃する構図を作るのだ。


戦後の価値観は、「戦前の否定」である。
つまり肯定するのはいけないのだ。
こういう構図の下に生きてきた人々は、その価値観が絶対に正しいと思う。


ナチ時代に生まれた若者もナチを肯定するようになるように。
戦前に軍国少年だったように。それは自然なことなのだ。
当時は当たり前なのだから。


こういう差別の構図を「戦前を否定する」人々は維持したいのだ。
だから日本人こそが、歴史を見直そうという人々を
「ヘイト」とレッテルを貼って攻撃するのだ。




8.ネット右翼の怒り

ここでハッキリと書いておくが、
筆者は在特会などのヘイト団体を積極的に批判する。


彼らの活動は単なる暴力である。
それによって本当に韓国批判をするものとしては大変迷惑だ。
おかげで韓国批判=ヘイトという図式が作られてしまう。


ただしそれはネット右翼=ヘイトという図式は我慢できない。
ネット右翼とはネットで右寄りの発言をする人たちだ。
 右寄りの発言がダメで、左寄りなら良いのか?


それ故に筆者はネット右翼という言葉を普通に使う。
この言葉自体は肯定も否定もしていない。



しかしここで言及する必要がある。
ネット右翼何を怒っているのだろうか


よく言われるのはネット右翼とは実生活が充実していない人で、
それ故に韓国や在日コリアンを攻撃して、
日頃のストレスを解消しようとする人たちだという。


 しかし実際はそうではない。
ネット右翼の研究もしている古谷経衡氏によると、
ネット右翼は平均年収が451万円で、
一般の母集団とほぼ同程度かやや高いという。
また学歴は一般の最終学歴より、相当程度高いという(ネット右翼の逆襲)。



ところで先の問いに戻ろう。
ネット右翼何に怒っているのだろうか


ネット右翼の怒りとは、韓国の反日に対する怒りであり、
在日コリアンへの不当な優遇の怒りと言われる。


例えば先の古谷氏の著書では「ネット右翼の3必須」として
嫌韓嫌中感情」「在日コリアンへの嫌悪感情」「大手メディア(産経新聞を除く)への敵愾心」の
3つを挙げている(ネット右翼の終わり)。

このほかに7原則(先に「3必須」を含む)を挙げている。
この条件は確かの多くのネット右翼の共通点を挙げているように思う。

しかし少々異論がある。
それはこの3必須は、より共通の意味合いがあるからだ。


それは「反日」だ。


嫌韓嫌中」も「在日コリアン」も「大手メディア」も反日の存在だ。
こういう共通点があるからだ。筆者は日韓関係の悪化は、
韓国の反日が唯一の理由だと言ったが、この3者も反日の存在だ。


筆者はよく書くのだが、日本では在日コリアンへの批判はあるが、
在日中国人への批判は少ない。
これは在日中国人が、反日行為をしないからだ。


このように反日をするかどうかで、ネット右翼の対応は決まってくる。
そして反日をするのなら日本人から反発を喰らっても仕方がないだろう。



そして筆者は怒りの正体を発見する

それは日本人差別へのりである。


日本国内において、日本人が尊重されず、外国人、
特に韓国人や中国人、在日コリアンが優遇されているように思える。
これが問題なのだ。
そしてそういう取り扱いをしているのは、日本人なのだ。


日本人でありながら、在日コリアンのような外国人を優遇している。
これはアンフェアな態度ではないのか?


結局、ネット右翼が怒っているのは、日本人のアンフェアな対応なのだ。


アンフェアな対応とは何か?
それはダブルスタンダードな対応だ。


同じ基準でやってくれるのなら、人は我慢できる。
基準に納得できなくても、みんな同じ基準でやっているのだから。
でもダブルスタンダードはそうではない。
彼らは自分が裁かれる基準と、他人を裁く基準が違うことに気が付いている。


例えば日本で国旗や国歌の反対をする人がいる。
それはまあいい。
じゃあ中国や韓国の国旗や国歌に敬意を表せない人がいても、
お前は支持するのだな?


沖縄で機動隊員が、反基地闘争の人を「土人」といって批判された。
それに対し、地元メディアも、沖縄県の人も、本土のマスコミも取り上げない。


こういうように、挙げた実例が支持できるというのなら、
それは問題ではないが、そうではないのなら、結局ダブルスタンダードとなる。


結局、日本のネット右翼が怒っているのは韓国の対応ではない。
もちろん韓国の対応を怒っているのだが、
日本人の、そしてネット右翼の多くは
日本人へのアンフェアな取り扱いに怒っているのだ。


ところでどうしてこういうアンフェアな取り上げ方しかしないのかというと、
それはネット右翼という言葉に秘密が隠されている。


ネット右翼とは、偏った団体であり、ヘイト団体であり、
まともに取り上げる団体ではないという言い訳ができる。
それがネット右翼の主張は捻じ曲げて構わないという風潮になる。


これがネット右翼の怒っている風潮である。
ただ単に「右翼」と言われていることではない。
公平に扱ってくれればいいのだ。

しかしメディアでは左翼が多いので、
右寄りの発言は蔑ろにされる割合が多い。


戦後の日本では、「戦前を否定」するのが一般的だった。
そのような状況に異議申し立てをしたのがネット右翼だ。
先に書いたように、「戦前を否定=善」というのは、勝手なレッテル貼りに過ぎない。
それを一般的に正しいという風潮にして、他の意見は封殺する。



 ネット右翼は戦後日本で行われていた、
戦前を否定するという価値観に対して異議申し立てをしたのだ。
彼らは自身の言葉で言語化することはできなかった。
 つまり自分の言葉に置き換えることはできなかった。


しかし漠然としたものであっても不正不平は感じていた。
それは政治にはなくてはならないものだ。
それが決定的に蔑ろにされていたのだから、気が付くのも仕方がない。
ただしほとんどの日本人は気が付かないことだった。


なぜネット右翼はそのことに気が付いたのか?


戦後日本で行われていた差別構造。戦前を否定し、戦後の進歩革新勢力が、
保守政党を攻撃するために使った戦前の日本は悪く、戦後のお前たち政党も同様に悪いという図式を、
そのまま維持することが正しいという状況に対してどうして気が付いたのか?


それはやはり不公平な扱いが多かったからだ。


アンフェアなダブルスタンダードから、不平を感じたのがネット右翼であり、
それが韓国や在日への批判となっている。
ネット右翼の行動にはとても受け入れられないものもある。
しかし彼らが日本で行われている歴史問題の「不平不正」に敏感に感じて、
怒りを噴出させたこともまた無理からぬことだろう。


韓国の反日は差別である。しかしそれ以上に、
(戦前を否定する)日本人による、(戦後を肯定もする)日本人に対する差別の方が深刻である。


これはまだ差別として意識されていないのだから。
差別は、差別と認識されていない方が深刻なのだ

目を通すのは過去の新聞記事!

ご覧頂きましてありがとうございます。
沈丁花(ちんちょうげ)と申します。

私の詳しいプロフィールは
こちらの動画をごらんください。


日韓関係はどうしてこうなった?



最初は韓国にムカついていないか?
という話を書きました。


それに対して、

韓国がなぜ反日なのか?
それを言語化しなければならない

と書きました。
最初の記事に関してはこちらをご覧ください

そして2回目は
韓国にムカついても、
ヘイトはダメだと書きました。

2回目に関してはこちらをご覧ください



そして3回目は
我々の中にある贖罪意識=マインドブロックを解除する
必要性について書きました。

前々回についてはこちらをご覧ください。


そして前回の記事についてはこちらをご覧ください。


我々のやることは
日本人の名誉を守ること

そのためには
多くの日本人を説得しなければならない。

そのためには
説得力のある言葉を言語化しなくてはならない。

そのためには
知識と論理力が必要である。

そのためには
自身の贖罪意識というマインドブロック
解消しなければならない。

こういうことを書きました。

そして正しい知識を入れることで、
マインドブロック=日本統治時代は良かった
という認識が生まれるでしょう。

その正しい知識を入れるにはどうするか?

それは終戦
韓国人の対応や意見を知ることです。

なぜなら日本の統治時代は良かったのなら、
そこには必ず韓国人の反応があるからです。


事実、日本が戦争に負けそうになっている時、
当時の朝鮮人は反乱を起こしませんでした。

これは朝鮮人が、
日本人に協力的だからでしょう。

ちょっと考えて欲しいのです。

日本時代が本当に弾圧された時代だったら、
日本人の協力的になるでしょうか?


日本人に弾圧されて、
協力したいと思うでしょうか?

むしろ日本人の足を引っ張ろうとするでしょ。

1944年6月 ノルマンディ上陸作戦から2カ月
8月にパリは解放された。

この時、パリではストライキによるサボタージュ
またレジスタンスの蜂起が行われた。


このように本当に抵抗する意思があれば、
抵抗をするのです。

しかし朝鮮半島では最後まで、
組織的な抵抗運動はありませんでした。

つまり日本の統治時代に対して
朝鮮人は憎しんでいなかった

こういうことでしょう。




もしかしたら
こう考えるかもしれません。

その時は弾圧されていたので、
反対運動ができなかったんだ。

そうかもしれません。


ではこういう記事はどうでしょう。
これは195312月の新聞記事の抜粋です。

たとえば街の店に入る。
日本人ということがわかると主人が
「まあ奥に入って座りなさい」といった調子で
温かい空気を感じる 

これは日本の新聞記者が韓国に駐在し、
そこでの体験を書いています。

この記者は行政は日本に厳しいと書いていますが、
一般の民衆は非常に温かいと書いています。


これは1953年です。
終戦8年後ですよ。

店の店主がどういう経歴かわかりませんが、
間違いなく日本統治時代を知っているでしょう。

その人が日本人を温かく迎えている。

これは終戦前ではなく、です。


先程書いたように、
終戦前なら日本人に反抗できないこともあります。

しかし終戦後です。
それも終戦8年後という時期に、
日本人を温かく迎えるとはどういうことか?

それは日本時代が
悪い時代では無かった証拠ではないか?


我々は日本人が悪いことをやったと
思い込んでいます。

きっとあなたも思っているでしょ。


しかしそれが違うとすれば、
まったく嘘だとすればどうでしょう。


違う世界が見えてきませんか?



以前は私も

韓国人が怒っているのは
真摯に謝罪しないからだ。

こう思っていました。


その私がどうして意見をえたのか?


山崎豊子という作家がいます。
有名な作家なので、名前はご存知でしょう。

山崎豊子の代表作と言えば「不毛地帯」です。

この作品はシベリアに抑留された
日本軍人をモデルにしています。
そのモデルは伊藤忠商事
瀬島龍三さんだと言われています。

彼は戦前、参謀本部に所属して作戦を立てていました。

その瀬島さんは戦後はシベリアに抑留されました。
そして11年間の抑留後に日本に帰ってきます。

彼が帰ってきた時はまさに浦島太郎状態でした。

そりゃそうでしょう。
戦前戦後と激変する世の中で、
11年間も外国で抑留されていたのですから。

いくら頭脳明晰な瀬島氏でも
戸惑うことが多かったと思います。

そして瀬島氏が現状を理解するためにやったことが、
新聞を読むことでした。

それも戦後の新聞を
全部読むことでした。

彼は新聞の縮刷版のページをめくって、
この11年間に日本で起きていたことを知るのです。

そして11年間の空白を埋めたのです。

新聞はいい加減というイメージもありますが、
その当時書かれたものなので、
現在ではわからない雰囲気を伝えているものです。

当時の状況を知るのなら、
新聞を読むことが一番理解できます。


その話を知った私は…
戦後の新聞を読むようにしました。

その中にある記事を読んで、
その当時の雰囲気を知ろうとしたのです。


新聞記事を読むこと、
新聞の縮刷版を読むことを
長年続けていったのです。

その中で私の目を見開かされる記事に出会いました。




韓国への贖罪意識=マインドブロックを打破する昔の記事57選はこちら




それが先程の記事です。

1953年12月4日の朝日新聞の記事で、
日本人記者と韓国人記者の対談でした。

1953年なので終戦から8年後です。
その時の韓国人が日本人を温かく迎えている。
それについて韓国人記者も問題視していません。

当時としては当たり前の認識でした。



このような記事に接することで、
これまでの自虐史観は間違いだと確信できました。

この記事と接したことを境に、色々な記事を、
特に1950年代中心に漁っていきました。

そうすると、全く違った風景が見えてきました。

・韓国の民衆は決して反日ではなかったこと、
・むしろ親日だったこと、
・日本の文化に接したいと強烈に思っていたこと、
・むしろ他国の反日が激しいこと、
・韓国政府が積極的に反日教育をしていたこと

などがわかってきます。


結局、戦後日本の歴史教育
嘘だらけだったのです。


それが昔の新聞記事を
読むことで理解できたのです。


 
私はその後1945年から80年代までの朝日新聞で、
韓国関係の記事はすべて目を通しました。


すべてです。

記事はもちろん、コラムや特集、社説なども含めてです。
(ただし読者投書欄は除く)。

その中で分かったことが、戦後の嘘だったのです。





韓国への贖罪意識=マインドブロックを打破する昔の記事57選はこちら




韓国に対して反発する気持ちはわかります。

私がそうだったように、
彼らに対してムカついているでしょう。

でも、ただムカついているだけではダメなのです。

そんなこと何の役にも立たない、むしろ有害です。
感情に任せた行動は他人の共感を得ることができず、
また反感を買うだけです。

必要なのは正しい知識です。

その正しい知識を得て、
それをしっかり言語化することで、
多くの日本人を説得できます。


正しい知識を入れる方法は多々あります。
しかし確実に当時の新聞記事を読むことで
あなたのマインドブロックは崩れるでしょう。

そして贖罪意識を
解消することができます。


それに基づく正しい批判こそが韓国には有効なのです。
もちろん韓国は根拠を挙げた反論を無視します。

しかし周りで見ている人は
どうでしょうか?

周りで見ている多くの日本人は、
自虐教育による贖罪意識にまみれています。

彼らは知らないのです。
日本の統治時代の朝鮮半島が善政だったことを。


しかし私は知っています。
それも当時の新聞を読みこんだからです。
長い時間をかけて読み込んだからです。

どのくらいの時間をかけたのかというと、
トータルで年以上の時間をかけて、
縮刷版と取り組んできました。

そして確信しました。
この方法は非常に使える…と。

そのためにぜひ皆様にも
この方法を推薦したいと思います。

当時の…特に50年代の記事を読み込むことで、
自虐史観から完全脱出することができるでしょう。




韓国への贖罪意識=マインドブロックを打破する昔の記事57選はこちら




しかし忙しいあなたが、時間をかけて、
新聞の縮刷版を読み込むことは無理でしょう。

それは私が身に染みて理解しています。

縮刷版は厚いので、1日籠って読み込んでも
数冊ということもザラなのです。

つまり土日使ってやっと1年分しか読めない
ということも普通にあります。

そういうことを忙しい皆様に
やれということは無理でしょう。

大体、休日は遊びたいものです。
もしくは寝ていたいものです。

特にデスクワークの人たちに、
毎日、資料とにらめっこしている人たちに、
土日も新聞と向き合えとは言えません。


そこでその手間を省きました。
私がピックアップしたのです。

多数の記事の中から必要と思われる記事を57ほど抽出しました。

もちろんこの記事はほんの一部です。
もっと紹介したい記事はたくさんあります。
しかしそんなことをしていればキリがありません。
それ故に57程度に絞らせてもらいました。

この記事を読めば、
◎韓国民衆が日本に反発していなかったこと
◎韓国政府が反日世論を形成していったこと
◎歴史問題など、後付けで作られたこと
在日コリアンが、どれほど危険だったか
◎韓国には誠意は不要である

ことなどがわかります。


そして記事だけ読んでも
その当時の状況がわからないと思い、
記事毎に解説をつけています

この記事は50年代を中心にしていますが、
当時の状況は今とかなり違っています。

そのために理解しにくいところもありますが、
当時の状況を理解するため説明文を付けました。

これを読めば、当時の状況が理解できるでしょう。

現代から60年以上前の状況を想像しつつ、
正確な知識を得ることが可能になります。


この資料から学んで欲しいことは、
何よりマインドブロックを解除して欲しい。

マインドブロックとは心理的な壁です。
日本が韓国に悪いことをやった
という壁があると何を言っても無駄になります。

そして結局
「とにかく謝ればいい
となるのです。

そうではなく日本の朝鮮統治は善政だったと、
はっきり理解することです。

善政であるがゆえに、
終戦後の韓国人が反日ではなく、
むしろ日本人に優しかったのです。

当時の記事を読んで、
自分の心を解放してください。

ところでこの記事は
ほとんど朝日新聞(一部日経新聞)です。

なぜ朝日新聞かというと、
現在全国紙で一番自虐的な新聞だからです。

その朝日新聞が昔は全く別のことを書いていました。

先に引用した津島特派員の報告もそうです。
「韓国人が日本人を温かく迎える」
という報道をしているのです。
 
あの朝日新聞が…です

そういう面で朝日新聞の記事を取り上げることで
マインドブロックを壊すのに役立つでしょう。

これが産経新聞では
「右翼新聞だから当然」と解釈されてしまいます。

だから朝日新聞の過去記事を
参考にするのが一番いいのです。


ただしこの記事をピックアップするには
かなりの時間がかかっています。

また入力作業も馬鹿になりません。

そのような労力と時間をかけて提供するので、
その分、金銭的な援助はお願いしたい。



韓国への贖罪意識=マインドブロックを打破する昔の記事57選はこちら



ただし購入していただいた方には
ガッカリさせません

それだけの自信があるものですが、
記事を購入して頂いた方に、
サポートをつけさせていただきます。

記事を読んで頂くだけで
理解できるようには書きましたが、
それでも理解できない場合は、
その旨、質問してください。

購入から1か月
記事関係の質問にはすべて答えます


それから沈丁花
過去記事を全て目を通したので、
それなりに知識があります

そのため韓国関係の質問には
それなりに答えられると思います。

記事を購入して頂いた方には
購入から同じく1か月
韓国関係の質問には何でも答えます。

ただしこれは「答えられる範囲で」と
させていただきます。


先程の記事関係は、
沈丁花自身がセレクトし、読み込んだ記事ですので
答えることは可能ですが、

他の質問は内容によっては難しいかもしれません。
ただしほとんどの質問に答える自信はあります

いつでもメールで質問してください。




またほかにもあります。

あなたは他人と韓国関係のことで
議論になったことがありませんか?

その時にヤバかったことはありませんか?

「根拠を出せ」と言われて、
根拠を出せなかったことが。

それで論破されそうになったことが。

それは悔しいでしょう。

そのような時には連絡をください。

沈丁花が資料を調べて、
あなたに提示します。


ただし○○の何ページと指定するだけですよ。

コピーなどしたら、
かなり時間がかかるし、
お金もかかります。

そのようなことはできませんが、
どこにこのような記述があるというだけなら、
沈丁花が調べて、あなたをサポートします。


※できるだけ早く返答はしますが、
 調べる時間を3日ほど頂きます。
※必ず提示できるわけではありません。
※「慰安婦はいなかった」のような
 不可能な反論には資料を提示できません。
 その際はお断りします。



韓国への贖罪意識=マインドブロックを打破する昔の記事57選はこちら



ところで正しい知識については分かった。
説得する言葉の言語化はどうなった?

こう思いませんでした?
もちろん忘れていないですよ。

前回のメールでは
他人の真似するのが一番と書きました。

その他人とは、
私、沈丁花です。

沈丁花は20年近くに渡って
韓国の反日を見てきました。

そして考えてきました。

そしてその内容を発表してきました。
それは以下です。

こちらがブログです。
そしてツイッターです。
YOUTUBEです。
※もうすぐ消されそうですが。


この内容から学んでください。

しかしブログでも300記事以上
動画も100動画以上あります。

もちろん全部見ていただければ、
嬉しいのですが、そうはいかないでしょう。

だからその考えをまとめて10ほどの動画にしました。

もしよろしければ、
このうちの1つの動画だけでも、
無料送らせていただきます。


下記メールアドレスから、
「動画希望」と書いて、送っていただきましたら、
この動画だけを無料で送ります。

chiezo04252016@yahoo.co.jp


そして動画をご覧になって気に入ったら、
ぜひメールをください。
ほかの動画と合わせて別途ご購入いただけます

この動画群をご覧になれば、
頭の整理ができて、
・韓国が反日の理由
・韓国の反日が差別である理由
・なぜ日本人が反日をするのかという理由
・韓国と反日日本字を道理化すべきか?
・そして日本人の真の敵とは?

これらが理解できるでしょう。




最後にまとめます。

正しい知識と説得の言語化をするには、
過去記事で勉強するのが一番。

この記事のサポートとして、
・1カ月間の記事質問受付
・1カ月間の何でも質問受付。
・1か月間の反論サポート

これらをつけさせていただきます。

反論サポートは3日ほど時間がかかりますが、
それ以外は24時間以内に返答を予定しています。
※予定が遅れそうならその旨連絡します


それから動画を購入希望される方は、
上記の3点のサポートにプラスして、
スカイプでの指導も行います。

希望時に30分程度を考えております。




また最後に、

沈丁花に直接話を聞きたいという人は、
その旨連絡ください。

メールアドレスは
chiezo04252016@yahoo.co.jp まで

「直接対話希望」と書いて、送ってください。

出張およびスカイプで、
話をすることを考えます。

ただしこれらは別料金となっています。
メールでの連絡の際に相談させてください。

因みに沈丁花は東京在住ですので
その旨ご了解ください。


以上です。

今後ともよろしくお願いします。


韓国への贖罪意識を克服するための過去記事57選はこちらsinjitsu.thebase.in

1921年 日本人16人を死傷させた朝鮮人 李判能事件

関東大震災の2年前に起こった事件
日本人16人を死傷させた朝鮮人 李判能事件


<ポイント>
関東大震災時の朝鮮人虐殺のキッカケ
李判能事件を知っているか?
・日本人16人を死傷した朝鮮人


文字数:4,985文字
――――――――――――――――――――――――――――――――



関東大震災朝鮮人虐殺のキッカケ「李判能事件」


1923年9月1日 東京を巨大地震が襲った。関東大震災である。
この地震では多くの被害が出たが、
それにもまして恐ろしかったのは行政機関が一時的にマヒしたことだ。
そのため治安が一時的に乱れることになった。


この時に起きたのが朝鮮人虐殺である。


これは治安秩序が乱れた中で、「朝鮮人が犯罪行為をしている」という噂が立ち、
それに対して民衆が作った自警団が暴走して、朝鮮人を殺害したという事件だ。


この被害者について韓国方面からは約6千人が殺されたという説があるが、
これは多すぎるだろう。しかし数百人規模にはなるというのが実情のようだ。


巷ではこの朝鮮人虐殺はデマであるという説もあるが、これは反日メディアだけではなく、
当時の資料にも、目撃者の証言にも書いてある、間違いのない事実である。
韓国方面が約6千人の被害者というのと同様に、
虐殺自体が無かったというのは悪質なデマとしか言いようがない。



しかしこの事件を巡っては現代においても釈然としないものがある。


というのはどうしてこのような事件が起きたのかということを指摘するのではなく、
ただ単に「日本が悪い」という文脈“のみ”で使われているように思うからだ。


その証拠に「朝鮮人虐殺」を否定する言説には一部新聞社が社説を使ってまで攻撃するのに、
そのキッカケになったと思われる事件には、ほとんど言及しないからだ。
むしろそういう事件には目を背けようとしているようにさえ思う。


そこで今回日本人が朝鮮人に対して警戒するキッカケとなった
16人もの日本人を死傷した事件「李判能事件」について記す。





関東大震災前夜の朝鮮人の状況!

1910年、日本は朝鮮半島を併合した。
これによって日本と朝鮮半島は同じ国となり、
そのため朝鮮人は大挙して来日することになる。


現在のアメリトランプ大統領やEUの極右政党ではないが、
外国人(法的には外国人ではない)が大量に増加することは、
そこに元から住んでいた人に警戒感を引起す。
当時日本で起きていることも同じだった。



日本に来日した朝鮮人が急増したことで、日本人の中に警戒感が起こっていた。
その数は関東大震災の直前の10年間で20倍(3,635→80,415)
にもなる急増ぶりを示している。

<参考:日本国内における在日朝鮮人数>
     (在日朝鮮人数) (増減)
 1913年   3,635人
   14年   3,542人(   ▲93)
   15年   3,917人(   375)
   16年   5,624人( 1,707)
   17年  14,502人( 8,878)
   18年  22,411人( 7,909)
   19年  26,605人( 4,194)
   20年  30,189人( 3,584)
   21年  38,651人( 8,462)
   22年  59,722人(21,071)
   23年  80,415人(20,693)
   24年 118,152人(37,737)
   25年 129,870人(11,718)
   26年 148,015人(18,145) 



さらに朝鮮人を警戒する2つの理由があった。
1つは彼らの犯罪数の多さだ。もう一つは彼らが定住しなかったことだ。


彼らの犯罪数と言っても殺人などではなく、窃盗が多い。
彼らは日本に来ても仕事がないケースもあり、
食うや食わずの身で犯罪に手を染めることもある。


それからもう一つの定住者が少ないというのはどういうことかというと、
彼ら朝鮮人朝鮮半島から日本に来たばかりだった。
そこで良い職場があればすぐに異動する。
彼らは定住する場所がまだできていないため、そういうことができるのだが、
日本人からすると、隣に得体のしれない人物が住み着くことになるので、警戒感が高まった。


そこで関東大震災の2年前、朝鮮人が起こした犯罪が李判能事件だった。





李判能事件!


関東大震災が起きた時の警視総監は赤池濃であったが、
彼によると朝鮮人虐殺が起きた背景として、この李判能事件があるという

 東京人は李判能が卒然兇器を揮て十六人を惨殺せることを想起する。
之が為めに朝鮮人と云えば無性に恐怖するのである。

赤字は筆者


 この李判能事件は、朝鮮人李判能が凶器をもって、
16人を死傷(8人殺害、8人ケガ)させた事件である。


 では李判能事件とはどういう事件か?


 1921年6月3日午前0時10分ごろ、
市電の運転手をしている朝鮮人李判能(35)が突然、
同居していた日本人家族4人(夫32、妻30、長男9、次男5)を金鎚と短刀で惨殺した。


 李はそれだけでは納まらず、会社の上司宅に行き、上司を殺害することを決意。
それを自分の妻に止められたことから、妻(27)を金鎚で頭部を叩き、短刀で刺した。


 上司宅に向かう途中に、通行人(43)を襲い、大けがをさせた。
 さらに上司宅では上司と妻(37)を惨殺、
一緒にいた次男(6)、三男(3)も殺し、長男(10)は大けがをした。


 その後一時自宅へ引き返した。
 自宅では瀕死の重傷を負っていた自分の妻を再度刺し、「まだ殺す奴がある」と再び飛び出し、
その途中で通行中のS(52)とM(19)を襲撃して重傷を負わせた。
 この時の「殺す奴」とは結局不明である。


 Mは驚いて、近くの自宅に逃げ込んだが、
李はこれを追ってM家に乱入、父親(58)が取り押さえようとすると、
父親を殴りつけ重傷を負わせて家から飛び出した。


 その後も通行中の2名に重傷を負わせるなど凶行は続いた。


 この事件を聞きつけた警察官が駆け付けると、李は慌てて逃げだした。
そして警察官が追いかけるが、もう少しというところで市電の線路に足をとられて転倒をした。
したたか腰を打って立ち上がれないのを見ると、李は戻ってきて警察官を襲撃した。


 李は警察官の頭部をめがけて金鎚を振り下ろしたが、警察官は頭を避け、肩に一撃を喰らった。
肩甲骨を砕かれながらも警察官は李を投げ飛ばし、立ち上がると抜刀して
「手向かうと切り殺すぞ」と叫ぶと、李は気迫に押されて、凶器を捨てて御用となった。


 これが李判能事件のあらましである






なぜ事件は起きたのか?


 ところでこのような凶行に及んだ李判能はどのような精神状態だったのか。
李の行動から正常ではないと思われたが、彼は正常であった
 現在のような精神鑑定はもちろん行われなかったが、
裁判中も何らおかしなところはなかった。


 先程書いたように李は市電の運転手だった。そして殺された日本人も職場の同僚だった。
この2人が同居したキッカケは、家賃が高かったために、同居して分担するためだった。
お互いに一つ屋根の下で生活することで、生活費を節約しようということになった。


元々住んでいたのは李で、日本人家族は李に誘われて同居している。
同居を始めたのは事件の2か月前からだ。もちろんお互いに顔見知りであるし、
仕事関係とは言え付き合いもある。
このような理由から、職場関係としては元々朝鮮人の李と
殺された日本人の間では問題が無かった


 しかし家族同士で住みつくと、色々なトラブルが起きた。
特に民族が違う2家族が同じ屋根の下で暮らすと問題も大きくなった。
 最初関係が悪化したのは妻同士だった。
共同生活が始まって1カ月もたつと些細なことから反目するようになり、
トラブルも続出した。


 そして事件のキッカケとなる事柄が起きる。


 5月29日、李の妻が、手拭いが無くなったと言い出したのだ。
それもあたかも日本人妻が盗んだような口ぶりでわめきだしたのだ。
 日本人妻も黙っておらず、言い合って喧嘩となり、双方ともに口汚く罵り合った。
ついに両方の夫が大立ち回りを演じるほどになった。


 この時は近所の人が仲裁に入り、何とか納まったが、翌日もその次も言い合いを続け、
31日には李が同僚を泥棒呼ばわりするようになった。
そこでまた立ち回ったことで、李は同僚を警察に告訴した。容疑は窃盗と傷害である。


しかし警察が調べたところ李の申告場所に外傷が無かった。
そのため傷害事件としては立件ができない旨伝えた。
なおかつ手拭いの窃盗も確たる証拠がない。
それに古手拭い一本で家宅捜索をする訳にもいかず、結局、李をなだめて帰した。


それに対して李は

俺が朝鮮人だから、警察は日本人の肩を持った

と逆恨みをした。そして復讐することを考えた。


一方このことを伝え聞いた市電の職場上司は関係を仲裁しようと動いた。
両者を仲直りさせるべく6月2日の夜に2人を呼んで説諭した上、
酒を3人で飲んでケリをつけた。


ハズだった!



しかし李判能はそう考えていなかった


その夜に自宅に帰った李は冷酒を飲みながら、だんだん腹を立てていた。
妻の酌で飲んでいた李。酔いが回るに従って興奮していった彼は、
感情が高ぶるのを抑えられなくなっていった。
そして金鎚と短刀を持ち出して、妻が止めるのも聞かずに
隣室に飛び込んで日本人家族を襲撃したのだった。




キッカケになったのは古手拭い一本。
しかし同居して2カ月でそこまで関係が悪化するとは信じがたい。

裁判で李判能はこう言っている。

内地人は皆自分達を馬鹿にしている。
頼りに思う警察までも、訴えても受け付けなかった。
自分たち朝鮮人は、この世では誰にも頼ることができない。
地獄に行って仏に頼るより仕方がない。
この期に及んでは恨みになる奴を殺して、自分も死ぬつもりだった。

と声を震わして号泣した。


李は酒を飲んで発作的に犯行をしたのではなく、
犯行をするために酒を飲んだことを裁判で認めた。つまり確信犯だったのだ。


因みにこれだけの犯罪を実行した李判能は、裁判では死刑にならず、無期懲役になった。
身勝手な理由で職場の同僚を逆恨みし、罪のない子供まで惨殺し、
さらに見ず知らずの通行人までも襲撃してけがをさせた李に対しても、
当時は死刑にならなかったのだ。




知られていない李判能事件!


 この事件の影響は警視総監赤池濃によると絶大だったようだ。
これにより、朝鮮人への恐怖が日本人に植え付けられた。


先に書いた、朝鮮人が急激に増加していること、
その朝鮮人の犯罪数が多かった(但し窃盗が多い)こと、さらに定住せず移動が多く、
日本人とのコミュニケーションが少なかったことなどが重なり、
得体のしれないというイメージが蔓延し、この事件がダメ押しになった。


この事件は当時の豊多摩郡で起きた。
豊多摩郡とは現在の東京都渋谷区や新宿区、杉並区などにあたる場所で、
そういう意味では東京近辺に住む人に大いなるショックを与えた。



筆者は李判能事件をもって、「関東大震災における朝鮮人虐殺」を
肯定しようとも正当化しようとも思わない


しかしこのような事件があったことを
ほとんどの日本人は知らない


それでは結局、朝鮮人虐殺事件が起きた背景や
当時の日本人の恐怖心が理解できないだろう。
ましてや巨大地震により、突然行政機関が無くなり、治安が維持できなくなった時、
当時の日本人がどのような気持ちだったのかを理解することはできない。


戦後の日本では戦前の否定をすることが正しかった。
つまり理由はともあれ、「日本が悪かった」ということだけを言っていれば良かった。


それ故に当時の被害者?である朝鮮人や中国人を「過度に持ち上げる癖」がある。
日韓や日中で歴史問題が起きた時に、積極的に日本否定をする風潮がある。


李判能事件を取り上げることは朝鮮人への批判につながり、
ひいては「日本が悪い」という戦後日本の風潮に逆行する報道となる。
それはむしろ積極的に「日本が悪い」という報道を続けてきた
マスメディアにとって都合が悪いからなのかもしれない。


日本を否定すること、それが正しいのだ!



しかしそれは韓国や中国への迎合する心理を生む。
とにかく日本を否定して、中韓を持ち上げればいい、という安易な考えになる。
この両者がトラブルになると、日本を否定し、
韓国や中国に迎合する報道が続くのはその一環である。
これこそが一般的に反日と言われるものではないのか?


歴史の学ぶためには、正しい事実を知らなければならない。
しかし「日本下げ」を企図している人は、日本を殊更否定する“事実”のみを繰り返し提示して、
そうじゃない事実(例えば李判能事件のようなコリアンにとって都合の悪い)には目を瞑るのだ。


これが多くの人たちに、メディアに対する不信感を持たれる所以であろう。
そしてネットに対して真実性を持たれる理由であろう。


「マスコミは偏向している。頼れるのはネットだけだ」
こういう意見が真実性をもって理解されるのは、
マスコミ自身の責任である。

日韓の不毛の元凶!「歴史に学べ」日本と韓国の意味の違い!


・「歴史に学べ」日本と韓国の違い
・日本と韓国は歴史の考え方が違う
・日韓の歴史論争など不毛

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日本と韓国は歴史問題により長年対立してきた。
それはどうしてだろうか?

日本が歴史を真摯に反省しないから?
韓国人の気持ちを理解しようとしないから?
そうではありません。

日本と韓国では歴史に対する考えが違うのだ。



<目 次>
1. 日韓歴史対立
2. 韓国の反日に対する日本の考え方
3. 「歴史に学べ」とはどういう意味か?
4. 日本における「歴史に学べ」の意味
5. 韓国における「歴史に学べ」の意味
6. 日本の歴史と韓国の歴史
7. まとめ



1.日韓歴史対立
日本と韓国では長い間に歴史問題で対立してきた。
それは現在でも続いている。
それはどうしてだろう?

過去、日本は朝鮮半島を支配した。 
日本は江戸時代の末期に、黒船が来航し、強制的に開国を迫られ、開国した。
その前にアヘン戦争で欧米に敗北する清国の状況を見ており、
欧米列強国に脅威を感じた日本は、封建的な国から近代的に
国に作り替えていった。

幕藩体制から中央集権国家になり、工業化を進めて富国強兵政策を行い、
国を強化して、日清日露戦争を経て、世界一等国の地位を獲得した。

そして帝国主義国となった日本は、朝鮮半島を併合し、
35年間支配して日本の敗戦とともに解放されることとになる


その後、独立国となった韓国は、
日本とたびたび歴史問題で衝突することになる。
例えば日本との国交正常化が終戦後20年もたった
1965年になったのもそれが一つの理由でした。

1953年、まだ国交正常化交渉の初期の時、
日本の代表だった外交官の久保田氏は、
韓国との交渉中に「日本の統治は良いこともやった」と述べた。
それに対して韓国側が態度を硬化させ、
正常化交渉を4年間にわたって停滞するということになります。


また1982年の教科書問題、85年の靖国参拝問題、
90年代以降の慰安婦問題など節目節目に歴史問題が顔を出す。


昨今の日韓では、まさに歴史問題というのが
最大の問題として横たわっている。
互いの国民が相手国を批判し、関係は悪化している。
以前は韓国側が日本を批判しても、日本側はそうではなかった。
しかし最近は日本側も積極的に反発するようになっている。


これが最近の日韓対立の特徴である。
これはどうしてでしょうか?

その理由は日本と韓国の「歴史」の対する考え方の違いがある。




2.韓国の反日に対する日本の考え方
韓国と日本の「歴史」に対する考え方の違いを検討する前に、
日本側が韓国の反発をどのように考えていたのかを検討してみる。


李承晩の存在
日本はもちろん韓国と国交正常化をしたかった。
韓国は反共国であり、東陣営の北朝鮮と対立している。
北朝鮮の背後には共産国の盟主ソ連と中国がいる。
日本としては韓国を後押しするために、
国交を正常化する必要があった。

しかしそれがなかなか進まない。

戦後は日本も韓国も大変な状況だった。
故に交渉が進まないのも仕方がない。
しかしアメリカの後押しもあり、
1951年から予備交渉をするようになった。
そして国交正常化するのは1965年。
つまり足掛け14年もかかった長い交渉だった。

それを阻害していたのは韓国の李承晩大統領だ。

李承晩大統領は反日の闘士としての経歴を持っていた。
1919年に作られた大韓民国臨時政府
(最初、中国の上海に置かれたことから「上海臨時政府」と言われる)の
初代リーダーに選出され、その後解任されるもののアメリカで
独立運動を行っていた。

また彼は韓国人で初めてアメリカの大学を出た人物であり、
さらに日本統治時代の朝鮮半島にほとんどいなかったため、
手が汚れていない(日本と妥協していない)人物としても知られている。

李承晩大統領にとっては反日というのは、
韓国人の支持を集めるための武器だったのだ。

このような状況のために、日本では李承晩大統領がいるうちは、
国交正常化は進まないという考えがあった。


貧しさゆえに
 因みに李承晩大統領は1960年に韓国国民の反発を受けて失脚する。
その後は民主的な政権ができる。さらに1年後には朴正煕のクーデターがあり、
再び韓国は独裁的な政権(一応、選挙はある)が握ることになる。

 李承晩と違い、朴正煕は日本統治時代に生まれ、
日本の教育を受け、日本語がペラペラの人である。
さらに士官学校を出て、満州国の軍人として終戦を迎えている。

 このような中でも韓国では反日意識があった。
それが爆発したのは1974年であった。
 当時、韓国では文世光事件があった。

 1974年8月15日。
この日は韓国では光復の日(日本統治から解放された日)であった。
その光復の式典に参加していた在日コリアンがいた。
彼の名は文世光
彼は北朝鮮側の唆しによって、日本の派出所から拳銃を盗み、
韓国に渡航して、朴正煕大統領を射殺しようとしていた。

 事件は朴正煕大統領には当たらなかったが、
朴正煕夫人に当たり、夫人はのちに死亡した。
これが日本の警察から盗まれた銃ということで、韓国政府と韓国国民は激高した。

 翌9月には日本大使館襲撃されるまでになった。

 当時の日本の考えは、大統領夫人が射殺されたショッキングな出来事と
いうこととともに韓国が貧しいから不満を逸らすために、
反日を煽っているという考えがあった。

 実は信じられないかもしれないが、1960年当時(つまり文世光事件の14年前)には
一人当たりのGNP(当時はGDPをあまり使わず)では、北朝鮮が多かったのだ。
つまり韓国はそれほどまでに貧しい国だった。

 それ故に韓国国民は貧しいから韓国政府の反日扇動に影響を受けるので、
韓国が経済発展して豊かな国になれば、韓国は反日をしなくなると考えた。

 そして経済援助などを多くして、
なおかつ技術供与及び経営ノウハウなどを提供していった。
韓国の経済発展に多大な貢献をしていったのだ。

 しかし経済発展をしても反日はおさまらない。
どころかむしろ悪化しているのが現状なのだ。


真摯な反省
 そして「貧しさ」と並列で言われてきたのが、日本の真摯な反省の不足である。

日本が昔韓国を併合し、彼らは塗炭の苦しみに喘いだ。
それに対する反省が必要なのだが、日本は真摯に取り組んでこなかった。

確かに総理大臣が謝罪したことはある。
しかしその後にA級戦犯が合祀されている
靖国神社に参拝するなどとても反省したとは思えない。

日本が歴史に対する真摯な反省をしないから、韓国は日本を許さないのだ。

 という考えだ。

 これは主に左翼系の人が主張することで、
保守的なおよび右寄りな考えを批判するときに使うのだが、
日本国内でもある一定の支持がある考えだ。

 歴史教科書問題、靖国問題慰安婦問題などの問題が
こじれると必ず韓国側だけではなく、日本側からも主張されるのだ。
ある面、定番と言っても良い主張だ



最近の状況
この3つというのが、戦後の日韓関係がギクシャクするときに言われる理屈だった。
戦後の日本では日韓関係を改善する必要性を感じてはいたが、
韓国政府および韓国国民の反発を見て、

どのように理解すべきか?

ということを考えてきたが、戦後の日本ではこの3つの考え及びそのミックスだった。
とくに近年では3番目、つまり「真摯な反省」のみがよく言われている。
なぜなら李承晩はずっと前に失脚しているし、韓国が貧しい時代はかなり前になっているからだ。


「日本が真摯に反省しないから日韓関係が悪いのだ」というのが唯一の考えになっている。

しかしそれが最近揺らいでいる。


本当に日本が真摯に反省しないから歴史問題があるのだろうか?…と。

実はここに問題がある
その理由は日本と韓国では歴史に対する考え方が違うからだ。




3.「歴史に学べ」とはどういう意味か?

「歴史に学べ」とはプロイセンの宰相ビスマルクの言葉である。
このほかにも多くの人が西洋東洋問わずに同様な発言をしているが、
日本で取り上げられるのはビスマルクの言葉だ。

実は彼自身は「歴史に学べ」とは言っていない

彼が言っているのは
「他人の経験から学べ」である。

自分の経験を絶対視することなく、より多くの他人の経験から、
特に他人の失敗から学ぶことで、将来の失敗を防ぐことができる。
自分の経験より他人の方がたくさん経験している。

その他人の経験を学ぶことで、
自分は失敗を未然に防ぐことができるのだ。

ただし他人の経験の集合体が「歴史」だと考えても不都合はないので、
「他人の経験」=「歴史」と読み替えても問題ない。
故にビスマルクの言葉を「歴史に学べ」と言ってもそれほど的外れではない

つまり巷間言われているように

「賢者は歴史(他人の経験)に学ぶ。 愚者は経験に学ぶ」

ということだ。





4.日本における「歴史に学べ」の意味
 
ところで先にビスマルクの言葉として「歴史に学べ」という言葉を書いた。
そしてその目的は「将来の失敗を未然に防ぐ」ということだ。

 実は日本の歴史というのもそれに近い。

日本で「歴史に学べ」というのは、歴史に学べば、
将来の失敗を未然に防ぐことができる、

という意味なのだ。

 「現在」とは、過去から見ると「将来」である。
過去の時点で考えていたこと、行動したことは現在からは自明である。
そして現在の結果もわかっている。

 そして「現在」も将来から見ると「過去」になり、将来は現在になる。

 つまり過去から現在起きたことを学べば、将来を予測することができる。
過去にこう考え、こう行動したが故に、現在の結果はこうなっている、というのなら、
現在こう考え行動したことは将来こうなる、と予測できる。

過去を学ぶことで、
将来の失敗を防ぐことができるのだ。

 そのためには必ずしなければいけないことは正しい事実である。

 過去にどう考え、どう行動したのか?
その正しい事実を収集しなければならない。
間違った事実を収集しても将来への教訓にはならない。

 炭素と酸素を混ぜても水はできない。
何度やっても二酸化炭素しかできないのだ。
それは「正しい事実」ではないからだ。

 酸素には水素を加えなければならない。
そうすると水ができるのだ。炭素と酸素という間違った事実を
前提にしては間違った結論にしかならない。
水素と酸素という「正しい事実」を把握することが重要になる。



つまり「正しい事実」とは「嘘はいけない」のだ。
「嘘」を前提にすると、将来、失敗をする。
将来の失敗をしないために「歴史(他人の経験)に学ぶ」のに、
「嘘」前提にすると当然、失敗を繰り返すことになる。

歴史に学んで将来の失敗を繰り返さないためにも「嘘」は厳禁なのだ





5.韓国における「歴史に学べ」の意味

ところで韓国も歴史を重視する。
「歴史に学べ」と声高に叫ぶのはむしろ韓国で、
そういう面で日本より歴史を重視しているように思われる。

しかし…そうではない。
日本と韓国では歴史に対する考え方が違うのだ。

どういうことかというと、
日本の「歴史に学べ」とは「将来の失敗をしないため」であり、
韓国の「歴史に学べ」は「現在の自分たちを擁護する」ものだからだ。


 韓国は儒教の国である。
 儒教とは神のいない宗教だ。キリスト教イスラム教は「唯一神」の宗教で、
神の言葉を重視する。神は全知全能で、不死で、永遠に存在する。
 故に神との契約はいつまでも続くことになる。

 聖書やコーランは神の言葉だ。それに逆らうことは許されない。
故にキリスト教イスラム教は解釈の幅は多少あるが、文言は絶対なのだ。


しかし儒教にはそれがない

 儒教は天という存在はある。
そこから天子(つまり中国皇帝)を遣わし、地上を治めることを認める。
 その天子がどうしてわかるのかというと、乱世の中で勝ち残るからである。
秦の始皇帝や漢の高祖は広い中国で戦い、勝ち残ることで天から遣わされた証拠となる。

 そして天子がその地位についたら、何をやってもよいのだ。

 当然、前政権のやったことをひっくり返しても、また継続しても良いのだ。
キリスト教イスラム教はそこが違う。
彼らは聖書やコーランに書いてあることを無視することはできない。
 これらは神との約束なのだから、一方的に破ることは神を裏切ることになる。

 故にどんな破天荒な奴が出てきてもイスラム教徒である限り、
コーランを無視する」
などとは言えない。


しかし儒教にはそのような聖典はない。
もちろん「大学」や「中庸」「春秋」「孟子」などの経典はある。
彼ら儒者もその経典を大事にしている。
 しかしそれらは事例集にすぎない。
儒教の世界ではそれらの経典を暗記して、
必要なことにその事例を引っ張り出せる人が偉いのである。

 昔の王様が「あれはどうすればよいと思うか?」と下達すると、
それに答えて

孟子によると、○○○○でございます。
主君としてはそのようにされるべきでしょう」

というのだ。

 しかし他方で別の者が口を挟み、

「いえいえ、春秋によると××××です。
王としてはそのようになさるべきです。」

と述べる。

 こういう事例を膨大に覚えておき、
必要に応じて、素早く主君に質問に答える人こそ出世するのだ


この儒教の国こそが韓国なのだ。
 韓国にとって歴史とは現在の自分(もしくは主君)を擁護し、
正当化するためのモノなのである。

彼らの歴史の議論を聞いていると決して認めない。
どんな根拠を提示されても、どんなに矛盾を指摘されても認めないのだ。
 それは認めると「現在の自分にとって都合が悪い」からである。
誤りを認めることで、自分の説得力が低下する、自分の信頼が低下することは都合が悪いのだ

 日本人的な感覚からすると、
「誤りは早く認めた方が傷は浅い」と思うのだが、彼ら韓国人はそう考えない。

 極端な話、韓国人にとって誤りを認めることは生死につながるのだ。

 先に書いたように、膨大な儒教の経典を暗記し、素早く適切に提示できる人が出世する。
そして出世すると、他のライバルを、権力を使って排除する。
 つまり出世に負けることは死を意味する場合もある。
それ故に「誤り」など認めていられない。むしろ誤りを認めることで、刑を執行されやすくなる。

 北朝鮮でも粛清される時には必ず“公平な”裁判がある。
そこで罪を認めることで、刑が確定して処刑される。

 彼らの考えでは事実などどうでも良いのだ!

 韓国の言う「歴史に学べ」とは、
「歴史を利用」して現在の自分を擁護する手段なのだ。、




6.日本の歴史と韓国の歴史

 日本の「歴史に学べ」が将来の失敗をしないためであるのに対して、
韓国の「歴史に学べ」は現在の自分を正当化するためである。

つまり両者は考え方が違うのだ。


 日本は将来失敗しないためにミスをミスと認める。
それを早く認めた方が誠実だと思われる。
しかし韓国は現在の自分を守るためにミスを隠ぺいする。

 そこで使われるのが「」なのだ。

 日本のように「将来失敗しないため」であれば、「嘘は厳禁」である。
嘘を事実のもとに教訓を得ても将来の失敗を避けられない。
 水を作るのには水素と酸素を混ぜるのだ。決して炭素と酸素ではない。
そうすると失敗する。水素と酸素を混ぜるという事実を後世に伝えていくことが必要なのだ。

 しかし韓国のように「現在の自分を擁護、正当化」するためなら「嘘」であっても構わない。

 と…いうより」の方が望ましい。

 「事実」は融通が利かないものだ。もう少し何とかしたいと思っても
「事実」は冷徹に存在する。そこは「過去」になっているので、特に手を出せないものだ。

 しかし「嘘」は融通無碍だ。

 如何様でもオーダーメイドができる。必要に応じて加えることも差し引くこともできる。
在日コリアンは強制連行された」「慰安婦は性奴隷だ」「靖国参拝は韓国人を傷つける」
みんな嘘だが、それによって現在の韓国人が日本人から搾取できるというメリットがある。


同じ「歴史に学べ」という言葉でも、
日本は将来の失敗をしないため、韓国は現在の自分たちを守るために使っている。

同じ言葉でも意味はまるで違う。
日本は過去の事実そのままに、韓国は過去を捻じ曲げ、嘘をつくことで「歴史に学んでいる」のである。


こういう両者が歴史議論などしても意味はない

韓国は自分たちの主張こそ「正しい歴史」なのであり、
それを認めない日本は「悪い国」なのだ。
日本にとって「正しい歴史」とは正しい事実に基づくものだ。
正しい事実に基づかなければ同じ失敗を繰り返す。
そうならないためにも正しい事実が重要なのだ。


日本と韓国で歴史論争をすると、日本人は根拠を挙げて相手を説得しようとする。
日本人の考えでは「正しい事実」が重要なので、「事実」を提示すれば、
相手がわかってくれると思う。

日本人は思う。
韓国人はただ誤解しているだけなんだ…と。

しかし韓国は根拠など求めていない
彼ら韓国自身を正当化するものが「正しい歴史」なのだ。
そして韓国の言う「正しい事実」を声高に主張して、
日本側の言い分に一切耳を傾けようとしない。

事実、テレビの討論会などでもそのようなことが繰り返されている。
彼らは日本側の主張に「一理ある」とは全く思わない。
認めたところで自身の正当化につながらない。
彼らが求めているのは「自身の正当化」である。

もう少し違う言い方をすると、韓国の「歴史に学べ」というのは、
自身の考え方を理解しろ、ということであり、

日本の「歴史に学べ」というのは、
自身が歴史から教訓を得ろ、と言っているのだ。

事実を提示して韓国の言い分に反論する日本人に、韓国人はこう言う。

韓国への愛はないのか?

韓国にとって歴史とは「自己弁護の手段」なのだ





7.まとめ
 まとめると、日本と韓国では「歴史」に対する考え方が違う。
日本は将来の失敗をしないために「歴史に学ぼう」とするのに対して、
韓国は現在の自分の正当化のために「歴史を利用」する。

 韓国の歴史に対する考えは儒教からきており、
彼らは歴史の事例を現在の自分を擁護するために使うことを常態化している。
 他方、日本ではそういう習慣はないのだ。

 歴史に対する考えの違い、それがあるが故に、
日韓で歴史問題を話し合っても解決しない。
日本と韓国では歴史に対する土壌が違うからだ。

 日本は事実を重視し、韓国は事実を軽視する。
それどころか「嘘」でも構わない。
そういうスタンスの違いこそが日韓関係を悪化させている元凶なのだ。


 「歴史」に対するスタンスが違う。
だから日韓間で歴史問題を話し合っても意味は無いのだ。

韓国は民主国家か?民主主義と全体主義の混血!


・「歴史に学べ」と言う人は歴史に学べない
・日本が学ぶのは「日中戦争」と「太平洋戦争」だけ
・韓国は歴史に学べない

――――――――――――――――――――――――――――――――


<目 次>

1.日韓の歴史解釈
2.民主主義の原則
3.「歴史に学べ」の意味
4.歴史に学べない横柄な人々
5.個人の経験で判断する愚
6.個人を国に置き換えると
7.韓国は民主国家か?
8.まとめ


日韓関係はいつも歴史問題に翻弄されてきた。
それはどうしてなのか?そしてどうすれば解決するのか?

戦後多くの人たちがこの問題に取り組んできて、なお解決できずにいる。
その理由は日韓の歴史解釈の違いと、韓国側の解釈の強要にある。

そして前提として韓国は、日本にとって民主主義国家ではない



1.日韓の歴史解釈

 日韓関係はずっとギクシャクしている。
その理由はいくつかあるが、歴史問題もその一つということに異論はないだろう。
「教科書問題」「慰安婦問題」「竹島問題」「靖国問題」すべて歴史が関わっている。

「歴史問題」とはいわば歴史解釈の問題である。

歴史的事実をどう捉えるか?どう解釈するか?
それが問われているのだ。


例えば日韓では1910年に「日韓併合」と言うものがあった。
これは当時の大韓帝国が日本に併合され、
国を無くしてしまったことを表している。


この事実に反対の論者はいない
日本でも韓国でも「日韓併合」という事実に争いはないのだ。

しかし解釈には違いがある。

日韓併合と言う事実に関して、
日本は「合法に結ばれた」と主張しているのに対して、
韓国は脅迫されたものであり「無効である」と主張している。


つまり日本は1910年当時、
併合条約が結ばれたのは「合法」という解釈なのだが、
韓国では暴力的に併合されたので「無効」であるという解釈だ。

実際に1965年の日韓基本条約を締結するに際して、

「もはや無効」と記した。


つまり日本側は「1965年時点には無効になっている」という解釈ができるし、
韓国側は「最初から無効である」と解釈ができる。

こういう玉虫色な解釈ができる条文になっているのだ。


これは両国の解釈が違うのだから、
外交テクニックとしてこのような手段を使っている。
その前提として両国とも都合の良い解釈を使うという暗黙の了解がある。


しかし実際には韓国側が、日本に自国の解釈を押し付けることが多い。
例えば日本が合法的に併合したと言うと、韓国は「妄言」と言う。
これは必ず言うのだ。政府もメディアも国民も。


このように解釈の違いが後々のトラブルになる。

であるが、先に書いたようにそこに暗黙の了解があれば問題はない。
しかし暗黙の了解がなく、もしくはあっても一方的に破棄する場合、
両国間で深刻なトラブルになる。

そしてその際に日韓間で起きるのが、解釈の強要である。
先の例で言うと
日韓併合は最初から無効と認めろ」
と要求する韓国政府がそうだ。
これは日韓間で言うと韓国が日本に対して一方的に押し付ける。
逆はないのだ。

日韓間の歴史問題とはそのような解釈の違いによる無理解と、
それに基づく解釈の強要によって起こっている。

 韓国の無理解による強要

 これこそが日韓関係の歴史解釈問題の本質に他ならない。




2.民主主義の原則

日本には中国との間でも歴史問題があるが、この際は無視する。
故に当事者としては「日本」と「韓国」を前提とする。


ところで日本も韓国も民主国家である。

民主国家とは「国民が主権者」である。
主権者とは、いわば最終決定者であり、 日本も韓国も国民の名の下に最終決定する。


例えば両国とも(もしくは他の民主主義国も)条約を
締結するにあたって「批准」という行為をする。
これは国民に選ばれた政府が他の政府と合意して条約を締結しても、
最終的に国民の了承を得なければならないということだ。

しかし国民の最終決定といっても、いちいち国民投票にかける訳にはいかない。
そのため国民の代表者を決めて、そこで審議をし、議決をして決定する。

これが国会で、そこで国会議員が決定することが、国民が決定したことになる。
これが民主主義国の通常のやり方である。

その民主主義を国家として機能させるためには
個々人の権利が認められなければならない。
個々人が自由に国民の代表者を選べなければ、民主主義は形骸化する。
そのために民主主義には色々な原則がある。

基本的人権の尊重」であるとか、
「思想信条の自由」とか、
「学問の自由」とか。


 その中で言論の自由というものがある。

言論の自由」とは自由に意見が言えることであり、
必ずしも無制限に認められる訳ではない(例えばヘイトなど)が、
基本的に制限には消極的である。
原則としては「言論の自由」は認められるべきであり、
例外的に制限されるべき。そういう前提がある。

しかしそれは言論に対して無批判であることを意味しない

言論が認められるということは、それに反対することも認められなければならない。
ある意見を言うことが「言論の自由」なら、その意見に反対することも、また「言論の自由」なのだ。

意見に反対することは言論弾圧ではない

つまり民主国家とは「言論の自由」が認められなければならないし、
そのためには反対意見も認められなければならない。
自分の意見と違うことをもってその意見を排除することは民主国家とは言えない。
賛成意見と同様に、反対意見に関しても敬意をもって対応しなくてはならないのだ。

つまり韓国政府も自国の意見と違うことだけをもって、
それを排除し、弾圧してはいけない。
ましてや意見が違うというだけで、相手との話し合いを拒否する態度ではならない。


当然歴史の解釈とは「一つの意見」である。事実は動かせないし、動かしてはならない。
先の例で言うと「日本が大韓帝国を併合した」という事実は否定できない。
しかしそれが強要であるか否か、また合法であるか否かは争いがあるのだ。

ある人の意見は「合法」だし、ある人の意見は「不法」である。
その根拠を問い詰めて、根拠に基づき反論する。意見の違い、解釈の違いはあって良い。
その上で相手に敬意を表しながら、議論で解決しなくてはならない。

民主国家では歴史の解釈が違うこと、
つまり意見が違うことをもって排除してはならないのだ。




3.「歴史に学べ」の意味

 「歴史に学べ」という言葉はビスマルクに言葉である。

ビスマルクはドイツの一地方だったプロイセンの宰相である。
彼が使っていた言葉だ。

因みにこの歴史の学べと言う言葉は複数の人が使っている。
西洋人と同様、中国人も使用しているが、日本で言われるのはビスマルクの言葉だ。

そのビスマルクは、実際には「歴史に学べ」と言っているわけではない。
それはこのような意味である。以下に引用する。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
愚者は自分の経験が絶対に正しいと信じている。
私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む。

ビスマルクは「他人の経験」から学ぶと言っているのであって、
「歴史に学ぶ」とは言っていない。そういう意味では、違って伝わっている。


しかし「歴史」=「他人の経験」であると解釈すると、それほど意味は違わない。
歴史とは人が作るものであり、「他人の経験の集合体が歴史」と解釈できる。
故に他人の経験(特に失敗)から学ぶことは、「歴史に学ぶ」のと同義語である。


それよりも重要なことはビスマルクの言葉の本質である。

つまりビスマルクは自分経験や失敗よりも、他人の経験や失敗を重視する。
自分より他人の方が多くの経験をしている。
その人たちの経験や失敗に学べば、自分の失敗を未然に防ぐことができる。
他方、自分の経験を絶対視し、他人から学ばない姿勢では
せっかく参考にできる失敗があるのに見過ごしてしまう。
そのため自分も失敗する可能性が高まる。

自分の経験を絶対視し、他人から学ばない人は「愚か者である」と言っているのだ。

これこそがビスマルクの言葉の肝である。

そう理解すると、日本で「歴史に学べ」という人が、いかに愚か者であるかわかる。




4.歴史に学ばない愚か者

よく大上段に振りかざして、「歴史に学べ」と述べている人がいる。
そういう人に限って先に書いた歴史に学んでいるのではなく、
経験を絶対視する愚か者なのだ。

大体そういう人がいう「歴史」とは「太平洋戦争」や「日中戦争」のことである。
そして結論は決まっている。

 日本が悪かった!
これが歴史を学んだ正しい人なのだ。

歴史を学ぶと必ずこういう意見になる、ならなければおかしい

と考えるのだ。

こういう人によると

「日本は良いこともやった」

という人は歴史に学んでいない人になる。


この考えは少し考えるとおかしいことが分かる。


歴史を真摯に学んだ結果、

日本は韓国に良いことをやった。

というのはあってしかるべきなのである。


しかしこれはダメなのだ。

彼らの中では、日本が悪いことをやったのは自明のことだから、
真摯に歴史を見れば「日本が悪い」という結論にしかならないのである。

彼らは結論(=日本が悪い)が決まっており、
それに合わない人は歴史に学ばない人なのだ。
プロセスはどうでもいい。最後に「日本が悪いですね」と言うと、

 この人は歴史を真摯に反省した人。

 であり、

「日本は良いこと“も”やった」
(つまり悪いこともやったことは前提で、良いこともやったという意味)という人は

 この人は歴史を真摯に反省していない人

なのだ。

そう考える彼らは歴史に学んでいるのではなく、
自分の経験を絶対視している愚か者なのだ。




5.個人の経験で判断する愚

毎年の恒例行事になったが、8月15日に近づくと戦争中の被災者が出てきて、
「こんな大変なことがあった」「こんな苦しい思いをした」と訴える映像を流す。

これらを見ていると、可哀そうだと思うし、大変だと思う。
私はこんな経験はないので身をつまされる思いがする。

しかしドライに言ってしまえば、これは一つの経験に過ぎない。

歴史家で作家の保坂正康氏によると、

「日本人が空襲を受け、被害を受けたのは終戦の約1年前からで、
それまでは被害を受けなかったので、むしろ積極的に軍を応援していた」

と主張している。


つまりこういう被害者も“勝っている当時”は、
全く別のことを言っていた可能性があるのだ。
戦争中に積極的に国旗を振って、兵隊さんを励ましていた愛国少年が、
戦後になると反戦青年になり、「9条を守れ」という。

ただ当時の風潮に乗っかかって「戦争遂行」や「戦争反対」に迎合していた人が、
どうして「歴史に学べ」といえるのか?
そしてこのような被災者の意見は参考になるのだろうか?


さらに気を付けなければならないのは、
「可哀そうと思うのは感情である」ということだ。

政治的な行動をとる時(つまり法案審議等)には、
感情ではなく理性で行動しなければならない。
そして理性的行動とは「好き嫌い」で判断するのではなく、
「良いか?悪いか?」で判断すべきことなのだ。

政治家の好きか嫌いかではなく、自分が嫌いでも良い政治家はいる。
また自分は好きだが、全然ダメな政治家もいる。
自分の好きな政治家でも彼が極めてダメな政治家なら、
日本国民のためにはならない。
しかしその逆であれば国民のためになるのだ。

そういうことなら自分の好き嫌いという感情を抑えて
政治家として良いか悪いかという観点から物事を判断するべきだ。

つまり「可哀そう」という個人の感情を優先して
政治を判断することは危険であり、思考の停止につながる。

例えば、先の例でいえば、
子供の頃、戦争被害に遭ったお年寄りの言葉に同情して、感情的になり、
お年寄りの言葉を盲目的に信じてはいけないのだ。
感情的になる気持ちはどうしようもないが、
それを抑えてそれはそれとして判断する必要がある。
 

「私はこんな悲惨な目にあった」
→ 「だから戦争はダメ」 
→ 「だから9条改正はダメ」

というお年寄りの訴えに思考の停止になってはいけない


それとこれとは話は別であり、日本の安全保障環境が悪くなることは、
→むしろ戦争を誘発する。
→故に日米同盟強化のために、
自衛隊憲法に位置付けることは戦争抑止になる。
→ 故に憲法改正は賛成である。

と主張しなければならない(もちろんこれも一つの意見だ)。




6.個人を国に置き換えると

 先程のビスマルクの言葉は

「自分の経験を絶対視し、
他人の経験に学ばない人は愚かである」

と言っているのであるが、

これを国に置き換えると以下のように主張することができる。

自国の、特に特定の歴史を絶対視し、
他国の歴史に学ばないのは愚かな国である。

そう…歴史に学べというと「日中戦争」と「太平洋戦争」だけを教訓にし、
結論も「日本は悪かった」しか許さない人びとは、愚か者なのだ。
歴史は色々ある。日本の歴史だけではなく、世界中に参考事例はあるのだ。
それを約70年前の日本の歴史のみを重視して、
それ以外に歴史を軽視、または無視するのは歴史に学ぶ態度ではない。

もちろん70年前の歴史の教訓は大いに参考にすべきだが、
それ以前にも、そしてそれ以後にも参考にすべき歴史はたくさんある。

戦後、朝鮮半島で何が起きたのか?アメリカとベトナムとは?
中国とベトナムとは?ウクライナはロシアを侵略したのか?
ユーゴスラビアは?ルワンダは?

学ぶべき他国の経験は、戦後でも現代でもたくさんある。
それを無視して70年前の自国の特定の経験だけを絶対視することは、
真正の愚か者と言わざるを得ない。

ましてやこれを日本国民が自国への警鐘として参考にするのならまだしも、
韓国のような他国が、日本の特定の歴史を特定の見解だけに基づいて解釈し、
その他の解釈を無視し、日本相手に強要するとは言語道断である。



7.韓国は民主国家か?

こう考えると韓国が民主国家かどうか疑わしくなる。
韓国は国民が選んだ大統領が君臨し、5年に1度の選挙がある。
それに4年に一度の国会議員選挙もある。
韓国大統領は国民の支持を気にして、日本の政権同様、支持率調査の数値に一喜一憂する。

国民の顔色を伺う韓国政府
こういう状況を見ると民主国家と言えるだろう。


しかし歴史問題で、日本の主張を全く受け入れず、
自国の主張を繰り返すだけの国家が本当に民主国家と言えるのだろうか

韓国は歴史問題、特に日本が絡む歴史問題では途端に全体主義になる。


実は矛盾するかもしれないが、民主主義国家でありながらも、全体主義の国家はある。
民主主義国家とは「国民主権の国」であり、国民の意見が政治に反映する国である。
 
つまり国民がある方針を求め、その方針に則って政治家が選ばれて、
その方針で政治を行うことは民主国家だ。

しかし民主主義が暴走することもある。
それは民主主義を構成するのが人間(国民)だからだ。
人間の本性に基づき、非人道的な政策を行う場合、民主主義的な決定でありながら
国民が支持する政府ができることがあり得る。


 例えばナチスドイツなどがそうだ。

ナチスは選挙で上がって来た。彼らは国民に支持されたのだ。
そして彼らは民主主義を否定しながらも民主主義的な手法で議会第一党になった。

※ここで誤解されている向きがあるが、
ナチスは必ずしも民主主義的な手法のみで政権を獲得したのではない。
事実、ナチスは選挙で一度たりとも過半数をとらなかった

ナチスヒトラーが首相になったのが1933年。
その前年に選挙で第一党は獲得していたが、それでも過半数には遠く及ばなかった。
それどころか首相を獲得した後の1933年3月の選挙でも約44%しか獲得できず、
647議席中288議席獲得だった。

だから選挙のみで独裁体制を作った訳ではないが、
選挙で第一党をとったのは事実なので、上記のように書いた。


この当時、ナチスが煽っていたのがユダヤ人に対する差別意識だった。
当時は第一次大戦への批判があり、ドイツが悲惨な目に遭ったのは
第一次大戦に負けたからであり、それはユダヤ人と共産主義者
背後から攻撃したからだ(背後の一撃論)という考えがあった。

この「背後の一撃論」は必ずしもヒトラーが唱えたものではなく、
第一次大戦に敗れた軍人が述べたものだが、そういうことを信じられる土壌があった。
これにより、ユダヤ人への憎悪を燃やし、ドイツ国民にユダヤ人差別の正統性を与えた。

これに積極的に迎合したのがドイツ人だ。

ナチスの擁護をする気は毛頭ないが、ユダヤ人差別自体はヨーロッパ各国にあった。
つまり彼らはユダヤ人差別に反応しやすいのだ。それ故にユダヤ人排除を訴えると、
ドイツ国民が反応する土壌があった。

ナチスユダヤ人差別を利用し、ドイツ人はユダヤ人排除を望んだ。
ここに国民が求め、民主的な全体主義国家が生まれる。
ユダヤ人排除という差別意識の統一された全体主義国家は成立したのだ。


韓国は反日を国是の、反日全体主義国家だ。

反日を訴えることを正当化し、反日は正しいと主張し、
日本を攻撃することで韓国国民を糾合する。
これが差別を媒介とした民主主義的全体主義国家だ。
基本的には民主主義的であり、多様な意見を尊重しつつも、
国家の外に敵を作り、国民全体で反日を煽り立てる体制が成立した。

そして全体主義国家は他の価値観を認めない。
日本絡みを歴史問題に絡めて、何でも日本に反対する。
一部の親日的発言を国民が全体で封殺し、異論を挟めない。
韓国では親日発言ができないのだ。
これは日本絡みなら、異論を容認しないことを意味する。
そしてそれは民主主義的に、国民の名のもとに正当化する。

韓国の反日全体主義は、韓国国内で支持を集めるために特定の国を敵視する。
それは本来やってはいけないが、韓国では効果があるので利用されているのだ。

しかし考えてもらいたい。
自分と異なる意見も容認する民主国家と言えるのだろうか?
先に書いたように民主国家は寛容の精神が必要だ。
そのためには多様な意見を容認しなければならない。

もちろん最終的には多数決をとり、政策を決定しなければならない。
そして民主国家なら多数意見が通るのだろう。
しかしそれは少数意見を封殺することではない

少数意見にも発言させなければならないのだ。

しかし民主主義的反日全体主義国家の韓国では、国民に反日をいう差別を煽り、
それにより権力の求心力を維持する。また韓国国民は反日という差別に
「楽しさ」「面白さ」を見出し、反日行動に積極的に迎合しようとする。

 それにより少数意見を封殺するのだ。

韓国が民主国家であると証明するのなら、多様性を容認しなければならない
もちろん多数決で政策を決定するので、少数意見を採用する必要はないが、
少数意見も言えなければならない。
ましてや親日的発言をする評論家や政治家を集中的に攻撃して、
排除することなどやってはいけないのだ。

そして違う意見も尊重しなければならない。


韓国の態度は民主主義国家ではなく、全体主義国家だ。
そして歴史論争をするにも歴史を重視する態度ではなく、歴史を蔑ろにする態度だ。
日本と韓国の歴史に対するスタンスが違うのは分かるが、
だからと言って排除することは適切ではない

自国の歴史を押し付けて、日本に強要し、
日本の歴史的スタンスを理解しようとしない韓国は民主主義国家と言えるのだろうか





8.まとめ

まとめると以下のようになる。

1.歴史に学べという人を信じるな。
歴史に学べという人は、自分は学んでいない。
なぜなら自分が歴史を知っていると思い上っているから。
思い上がっている人は謙虚に学ぶことはできない。


2.被害者の意見に思考の停止をするな
戦争被害者の意見は貴重ではあるが、一つの経験に過ぎない。
その経験を絶対視して、感情的になり、思考の停止になってはいけない。
理性的な判断を下すべきである。


3.自国の特定の歴史を絶対視するのは愚か者である。
ビスマルクの言葉を国に置き換えると、自国の経験を絶対視し、
他国の経験から学ばないものは愚か者である。


4.民主主義には寛容の精神が必要だ。
 違う意見にも少数意見にも配慮すべき
 多数決の原理は少数意見の排除ではない


5.韓国は民主国家ではない。
民主国家なら他国の言い分に耳を傾けるべきだ。
自国の歴史と違うからと排除するのではなく、
違う意見も尊重しなければならない。
韓国は民主主義的反日全体主義国家だ



 我々は賢者ではないかもしれないが、愚者にはなりたくないものだ。

韓国巨文島の人々

以前に筆者は、戦後韓国において反日感情はない、もしくは強くなかった。
戦後、李承晩政権の反日教育によって、反日感情が高まっていったと書いた。

韓国は元から反日だったのか



今回は崔吉城(チェ・キルソン)氏の著書
『「親日」と「反日」の文化人類学』からその点を検討してみよう。 ※以下赤字は筆者

崔吉城氏についてはこちらを参照

 
 崔氏は1987年11月~1988年1月まで助手たちと手分けして
韓国全羅道の巨文島にある漁村で調査を行った。
この漁村は日本人が開拓し、終戦まで日本人と朝鮮人が共同で暮らしてきた村である。

巨文島についてはこちらを参照
 

 つまり終戦から40年たって、当時の事を知る韓国人たちに実際に何があったのか?

を調査したのである。



日本への憎悪=愛国

 詳しくは本書を読んでいただきたいが、なぜこのような調査をしたのかというと、

その反日感情の源泉を探ってみたい  P106

という動機があった。


そして現状に対する認識として、

韓国人の反日感情民族主義がどう対応するかに注目したい。 ~略~  
つまり民族主義反日感情は愛憎の表裏一体の構造である。
憎しみ自体は反倫理的な心理であるが、国を愛するということで正当化されるのである。
従って日本を憎むほど韓国を愛することになり、韓国を愛するほど日本を憎むのである。
P106~107

つまり韓国においては反日=愛国なのである。国を愛するには日本を肉しまなければならない。
事実「親日派」という言葉は韓国では「売国奴」の意味を持っている。
 


日本統治時代を知る人びと

 崔氏と助手は当時の事を知る人々へインタビュー調査を行った。
その中で日本統治時代を知る人々の反応は概ね良いようであった。

 ~略~ インタビューに応じた大部分の人びとは日本人に対して肯定的なイメージを語ってくれる。
巨文島は日本人によって発展したということを始め、もっと長く居たらより発展したであろうという人もいる。
島のなかの隣人、雇用関係、友人関係などを通して日本人のイメージを創っているようである。
日本人は嘘をつかないし、信用でき、さらに合理的であるという。 ~略~     P121


 
 何か、むず痒くなるようなべた褒めである。
ここまで言われると

「いやいやそんなこともないですよ!随分迷惑かけたのではないですか?」

などと余計なことを言ってしまいそうになる。


しかし実際そうだったようである。

このインタビューの中には日本人を恨んでいる人もいる。
しかし概ね好評なのはむしろ朝鮮人に騙された人が多かったからである。

~略~  C氏は朝鮮で貯水池作りの現場監督をした。
当時朝鮮人が日本人をだましたことはあっても、日本人にだまされたことはなく、
むしろ韓国人にだまされたことがあると日本人の正直さを強調する。  ~略~


日本人には騙されなかったが、韓国人に騙された
ありがちなことだ。



戦後生まれの人びと

日本統治時代を知っている人びとは概ね肯定的なのに対して、若者は反日的である。
これは冒頭で書いた反日教育」の成果であろう。

しかしこの島の若者は反日的であると言われている。
経験者と非経験者、老人と若者の対照的反応がある。
戦後日本時代の親日派の処断と日本的な色彩を消す先鋒に立ったのも青年たちであった。  
  P121

 しかし最近の若者は植民地の体験や経験もないのに反日感情が強いのはなぜであろうか
 ~略~  それは特に戦後のナショナリズムが強い学校教育やマスコミなどによって
植民地をより悪く認識するようになったからであろう。  P123


つまり日本統治時代を経験している人びとは、日本人を肯定しており、戦後生まれの人びとは反日的である。
ここには体験や経験があったから反日意識が生まれたのではない
 

 もし本当に日本の統治時代が酷い時代であれば、こういた好意的な反応を見せることはないであろう。
日本人が韓国人を搾取したり、差別していれば反乱も起きるだろう。

 そのことは以前書いた
 

筆者が以前から疑問だったのは、
「何で終戦時、韓国では反乱が起きなかったのか?」ということだった。



やはり要因は反日教育
 
 結局、韓国の反日意識は反日教育から生まれた。李承晩政権の時の反日教育が要因となっている。
もちろんそのベースには中華思想に基づく、日本への蔑視思想があるにはあるが、強化されたのは反日教育からである。

 その後、緩められたりしたかもしれないが、韓国の世論として「反日は国是」という風潮は残った。
そして韓国は「日本を差別する」という差別政策を推進していくのである。


 人間は差別することが楽しい。
そして日本を蔑視すること差別することを娯楽化する。
それが韓国のやっている「日本蔑視教育=差別政策」なのである。
  

 もっと簡単に言うと、
反日教育があったので、反日意識が生まれ、反日行動になっているのだ


 結局、日韓間の改善は韓国国民の行動に関わってくる
韓国が反日教育をやめなければ、嫌韓が続くだろう。
そして反日教育をやめるのは、韓国自身が認識しなければならない。



 反日をやめれば、嫌韓は自然に無くなるだろう!

役立たずの日韓議員連盟


・日韓議員連盟は日韓親善には役に立たない。
・結局、韓国の要望を「承る」場だからである。
・日本側もしっかり要望しなければならない。
・そうでないなら廃止しろ!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


役に立たない日韓議員連盟

 日韓議員連盟という組織がある。
日本と韓国の国会議員が多数参加している議員連盟で、1972年に設立された前進の団体を継承している。
現在では40年以上にわたる議員連盟である。


日韓議員連盟についてはこちら



因みに上記のページの中に書いてある記事で幾つか気になったので、引用してみる。※赤字は筆者。

2013年11月29日、日本・東京で合同総会。韓国側から日本における外国人参政権を実現するように要請し、
日本側は「法案の実現に向けて努力する」と声明を発表した。


 外国人参政権の付与など論外である。日本で生まれ、日本で育ち、このまま日本で生きて、日本で死んでいくのに、あえて日本人になりたくないという。


それなら外国人として扱われても仕方がないだろう。


こんな約束をする日韓議員連盟など必要ない


2014年10月25日、韓国・ソウルで合同総会。「日本側は河野談話村山談話など歴代政権の立場を継承することを再確認した」
「日本側は河野談話村山談話の精神にふさわしい行動をとることにした」などの声明を発表した。
なお、産経新聞の加藤達也前ソウル支局長が朴槿恵大統領の名誉を傷つけたとして起訴され、
拘束されている問題(産経新聞韓国大統領名誉毀損問題)については、
韓国側の反対によって日韓の懸念事項として扱わないことで日韓で合意した。

 韓国側の言い分は議題とするのに、日本側の懸念は取り上げないのか?これなら言いなりになっていると言われても仕方がないだろう。


 大体、産経新聞の元ソウル支局長のケースは朴大統領が起訴を望まないと言えば、起訴されなかったのだ。
そうすれば人権侵害などはないのだ。それを取り上げないとはどういう訳だ。全くの言いなりではないか



2015年5月11日、韓国・ソウルで合同幹事会。
軍艦島などの「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録に韓国政府が反対していることについて、
政治問題化しないよう韓国側に理解を求め、22日に継続して協議することを確認したが、
翌日、韓国国会は本会議で、日本政府が「明治日本の産業革命遺産」の
世界文化遺産への登録を推進していることを糾弾する決議を可決、採択した。

 明確に嘘をつかれている。
継続協議しているのに、その翌日には韓国国会で「糾弾決議」を可決している。
全くの嘘をつかれたのである。
これに対して日本の国会議員は怒ったのか?全く怒っていない。



 このように韓国側が一方的に日本に対して要求し、日本の要求は無視することが常態化している。

 このような日韓議連など必要はない





日韓議連の原点

 なぜこのようになるのであろうか?
実は先に書いたように、日韓議連は1972年に前身の組織が発足してから継続して活動している。
その初期の段階で日本側議長を務めた山中貞則氏はこのような就任挨拶をしている。
 ※1977年3月23日 朝日新聞3面      
 ※赤字は筆者


 >>
「36年間の日本の統治は韓民族プライドを踏みにじった。日韓議連の活動はその反省にたって、真の友好を探らなければならない

実家の犬を参考に、韓国を考える


・事大主義には誠意を示してはダメ!
・しかし2005年の3月に激烈な反日演説を行った。
・日本は誠意を示すから韓国からタカラレる。
・日本はアメリカや中国に学ぶべき!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


実家にて!

筆者はたまに実家に帰ることがある。

実家では犬を飼っている。室内犬である。
われわれが食事をしている時には周りにいる。

実家には老夫婦が2人(つまり父と母)いるが、
私と母が食事をしていると、その犬は大人しくしている。
しかし父親が帰ってくると、俄然ハッスルしだす。


「何か食べ物をくれ」という訳である。


 つまり私や母親はくれないことが分かっているので、無駄な努力はしないのである。
しかし父親は甘いのでねだればくれることを知っている。
一生懸命主張してもくれない人には何もしない。
でもくれそうな人には最大限努力をする。


 なかなか頭の良い犬である。


 というか普通の犬がやることだと思う。

 ましてや人間ならなおのことである。





アメリカの対応

以前、筆者はアメリカの韓国に対する対応を記事にしたことがある。
それは朝鮮戦争中の「ノグンリの虐殺」についてであり、
無抵抗の老人や女子供を米軍が一方的に殺害した事件である。

その死者は300人以上と言われる。


何の罪もない民間人を、全くの無抵抗であるにもかかわらず殺害した。まさにベトナム戦争ソンミ村虐殺事件を髣髴する事件である。

ソンミ村事件についてはこちら参照




因みにソンミ村事件は明確な軍命令は出ていなかったようだが、
ノグンリ事件は第25師団長のウィリアム=キーン少将による
「戦闘地域に移動するすべての民間人を敵とみなして発砲せよ」という命令に基づいて行われた。


しかしアメリカは全く謝罪していない


 アメリカは独自の調査の結果、
「軍命令は確認できない」として韓国の要求する謝罪と補償を拒否した。


 因みに「軍命令」は当時の兵士がアメリカのメディアに「命令はあった」と証言しているが、アメリカ政府は無視した。

これらの顛末は以下参照
 「アメリカの対応(1)
 「アメリカの対応(2)



 韓国の要求をアメリカは断ったが、その後の米韓関係は悪くない。

つまり韓国はアメリカには全く歴史を問題視していないのである。





なぜアメリカには言わないか?

 なぜ日本には執拗に歴史問題を取り上げて、
アメリカには取り上げないのであろうか?
あっさり引き下がるのであろうか?


 それはこれが差別だからである。


 人間の本質として「差別は楽しい」「いじめは面白い」のだ。
ジャイアンはイライラするとのび太をいじめる。そうするとスッキリするのである。


 韓国人は日常の不満をぶつける先に日本をターゲットにする。
それには元々あった日本に対す蔑視思想に、李承晩政権以来の反日教育が付加され、反日は国是となった。
その図式に多くの国民は迎合し、反日は楽しい」という娯楽化をするようになった。


それを良心的日本人が迎合することによって、楽しさを倍増させているのである。



 つまり日本に対して歴史問題を取り上げるのは、
日本が譲歩するからである。だから取り上げるのである。


 逆にアメリカは全く譲歩しないからである。
だから取り上げないのである。



 歴史問題を取り上げても日本の場合、譲歩するので面白い。

 でも取り上げても「関係あるか!」と言われるのは面白くない。
だから譲歩しない国には取り上げないのである。





中国でも!

 これは中国に対してもそうである。
中国が朝鮮戦争時に参入しなければ、北朝鮮と韓国は統一できていたのである。
そうすれば、北朝鮮人民は現在飢え苦しむことはなかったのである。


 しかし現在、韓国は中国に対して歴史問題を取り上げていない。
今後も取り上げることはないだろう。それは、中国は反発するからである。


 実はこれは韓国だけではない

イギリスは以前チベットの海外指導者ダライラマと会談した。
それに対して中国は激しく反発した。

そして今年、中国に迎合して中英間で首脳会談を行った。
イギリスは欧州で一番の中国の取引先である。だから金で転んだのである。


 首脳会談では中国の人権には一切何も言わず、バッキンガム宮殿に宿泊させたりもした。
その見返りに多額の取引を成立させた。


 ノーベル賞財団は以前、中国の人権活動家にノーベル平和賞を送った。
それに対して、中国は特にノルウェーに対して圧力を加えた。


 その結果、のちにノーベル文学賞をとり、ノーベル医学・生理学賞も獲得した。


 この2人は立派な業績があったのであろうが、
それだけでノーベル賞をとったのではないと思うのは穿った見方であろうか。



 結局、韓国や中国に対して、反論しないで迎合するというのが、物事を悪化させているのだ。
特に韓国にとって、歴史問題などはどうでもいいのだ。
慰安婦なんてどうでもいいのだ。ただ単に日本に因縁つけられれば何でもいいのである。



 実家の犬もエサをくれるから吠えるのである。
私や母親だけの時には大人しくしている。しかし父親は吠えるとくれるので、何度も吠えるのである。



 どこかの隣国も同様である。 



アメリカにはなぜ言わないか?中国にはなぜ言わないのか?

 我々は、アメリカや中国をもっと見習わなければならない。

こんなことが信じられるか? 1980年 中国が日本に防衛力強化を求めていた


・1980年 中国は日本に防衛費の増を求めた。
・「日本から侵略があるとは思っていない」と主張。
・それも大平首相の靖国参拝直後に発言している。

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 最近、日中関係は少々安定しているように見える。
少なくとも表立って日本を批判していないように思う。

これは中国経済の減速と関係あるのかもしれない。
そして習近平政権の安定と関係あるのかもしれない。


色々考えられるが、
今と比べ物にならないほど日中関係が良好だった時代があった。

それは1980年代前半であった。





防空力強化要請!

 1980年4月から5月にかけて、日本の国会議員で、
のちの首相、中曽根氏が中国を訪問した。

中曽根氏は当時無役であったが、首相候補として、将来を嘱望されていた。

 実際に、首相候補三角大福中と言われていたが、
これは三木武夫田中角栄大平正芳福田赳夫中曽根康弘の名前から
一部を借用してそう呼ばれていたが、この中で当時まで首相をやっていなかったのは
中曽根氏だけであった。


 中曽根康弘氏についてはこちら参照




 そういう中曽根氏を迎えたのは当時の中国トップの華国鋒首相であった。
華国鋒は当時、鄧小平との権力争いを続けており、最終的には敗北するが、
厳然と党主席という重責を担っていた大物であった。

 華国鋒氏についてはこちら参照





 この華国鋒首相は中曽根氏に何と言ったか?


 日本の防空力を強化することを求めたのだ。



 これはどういう文脈で出てきたのかというと、
日本では日米同盟があり、その中で中国の米中および日中が接近する。


その裏には中ソの対立がある。


 だから現在では信じられないが、日米中三国同盟などというものもあった。


 その中で日本側からアメリカが空軍、日本が海軍、中国が陸軍を担当し、
お互いに集中的に増強することで、補完関係を作ろうとする構想であった。


 それに対して意見を求められた華国鋒首相は

 日本が海軍力を強化しても、空軍力がなければ意味がない。
 そのためには防空力の強化が必要。

ということである。


確かに海軍力は空軍力に弱い。そのため日本が海軍力だけ強化することは意味がない。
日本はその弱点を補うため、防空力の強化に努めるべきである。
ということを中国の首相が日本に忠告しているのだ。





防衛費2%発言

 その後、華国鋒氏や、人民解放軍副参謀長の伍修権氏は

 我々は日本から侵略があるとは思っていない。
 日本と闘わないことを参謀本部として正式に宣言する。


などと言い、日本側を喜ばせている。


 「日本から侵略があるとは思っていない」

 「日本と闘わないことを正式に宣言する」



これが中国の政府や軍のトップから公式に発言されている。

それが1980年のことである。



そして軍高官の伍修権氏はこう発言する。

日本の防衛費は少なすぎる。GNPの2%くらいでも問題ないだろう。


当時の日本は三木政権の政策により、防衛費の1%枠というものがあった。
これに対して、中国の高官から、「増やした方がいい」という発言が出たのだ。


タカ派の中曽根氏はホクホクだっただろう。



 実はこう言った発言はアメリカの議員からも主張されていた。
例えば、パーシー議員は「1%は少なすぎる。」と発言していた
(1980年5月1日 朝日新聞2面)。


 
 しかしさすがにこの発言は日本側の反発を招いた。
日本の外交当局は伍発言を捉えて、内政干渉であると反発した。

 
 中曽根氏は「伍発言は私見である」として発言を擁護している。




大平首相の靖国参拝

 驚くことに、この中国の政治トップによる発言は
1980年4月末(新聞掲載は5月1日)に行われた。


この約10日前に大平首相の靖国参拝があったのだ。


 >>
靖国参拝をすると中国人民を傷つける