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日韓の不毛の元凶!「歴史に学べ」日本と韓国の意味の違い!


・「歴史に学べ」日本と韓国の違い
・日本と韓国は歴史の考え方が違う
・日韓の歴史論争など不毛

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日本と韓国は歴史問題により長年対立してきた。
それはどうしてだろうか?

日本が歴史を真摯に反省しないから?
韓国人の気持ちを理解しようとしないから?
そうではありません。

日本と韓国では歴史に対する考えが違うのだ。



<目 次>
1. 日韓歴史対立
2. 韓国の反日に対する日本の考え方
3. 「歴史に学べ」とはどういう意味か?
4. 日本における「歴史に学べ」の意味
5. 韓国における「歴史に学べ」の意味
6. 日本の歴史と韓国の歴史
7. まとめ



1.日韓歴史対立
日本と韓国では長い間に歴史問題で対立してきた。
それは現在でも続いている。
それはどうしてだろう?

過去、日本は朝鮮半島を支配した。 
日本は江戸時代の末期に、黒船が来航し、強制的に開国を迫られ、開国した。
その前にアヘン戦争で欧米に敗北する清国の状況を見ており、
欧米列強国に脅威を感じた日本は、封建的な国から近代的に
国に作り替えていった。

幕藩体制から中央集権国家になり、工業化を進めて富国強兵政策を行い、
国を強化して、日清日露戦争を経て、世界一等国の地位を獲得した。

そして帝国主義国となった日本は、朝鮮半島を併合し、
35年間支配して日本の敗戦とともに解放されることとになる


その後、独立国となった韓国は、
日本とたびたび歴史問題で衝突することになる。
例えば日本との国交正常化が終戦後20年もたった
1965年になったのもそれが一つの理由でした。

1953年、まだ国交正常化交渉の初期の時、
日本の代表だった外交官の久保田氏は、
韓国との交渉中に「日本の統治は良いこともやった」と述べた。
それに対して韓国側が態度を硬化させ、
正常化交渉を4年間にわたって停滞するということになります。


また1982年の教科書問題、85年の靖国参拝問題、
90年代以降の慰安婦問題など節目節目に歴史問題が顔を出す。


昨今の日韓では、まさに歴史問題というのが
最大の問題として横たわっている。
互いの国民が相手国を批判し、関係は悪化している。
以前は韓国側が日本を批判しても、日本側はそうではなかった。
しかし最近は日本側も積極的に反発するようになっている。


これが最近の日韓対立の特徴である。
これはどうしてでしょうか?

その理由は日本と韓国の「歴史」の対する考え方の違いがある。




2.韓国の反日に対する日本の考え方
韓国と日本の「歴史」に対する考え方の違いを検討する前に、
日本側が韓国の反発をどのように考えていたのかを検討してみる。


李承晩の存在
日本はもちろん韓国と国交正常化をしたかった。
韓国は反共国であり、東陣営の北朝鮮と対立している。
北朝鮮の背後には共産国の盟主ソ連と中国がいる。
日本としては韓国を後押しするために、
国交を正常化する必要があった。

しかしそれがなかなか進まない。

戦後は日本も韓国も大変な状況だった。
故に交渉が進まないのも仕方がない。
しかしアメリカの後押しもあり、
1951年から予備交渉をするようになった。
そして国交正常化するのは1965年。
つまり足掛け14年もかかった長い交渉だった。

それを阻害していたのは韓国の李承晩大統領だ。

李承晩大統領は反日の闘士としての経歴を持っていた。
1919年に作られた大韓民国臨時政府
(最初、中国の上海に置かれたことから「上海臨時政府」と言われる)の
初代リーダーに選出され、その後解任されるもののアメリカで
独立運動を行っていた。

また彼は韓国人で初めてアメリカの大学を出た人物であり、
さらに日本統治時代の朝鮮半島にほとんどいなかったため、
手が汚れていない(日本と妥協していない)人物としても知られている。

李承晩大統領にとっては反日というのは、
韓国人の支持を集めるための武器だったのだ。

このような状況のために、日本では李承晩大統領がいるうちは、
国交正常化は進まないという考えがあった。


貧しさゆえに
 因みに李承晩大統領は1960年に韓国国民の反発を受けて失脚する。
その後は民主的な政権ができる。さらに1年後には朴正煕のクーデターがあり、
再び韓国は独裁的な政権(一応、選挙はある)が握ることになる。

 李承晩と違い、朴正煕は日本統治時代に生まれ、
日本の教育を受け、日本語がペラペラの人である。
さらに士官学校を出て、満州国の軍人として終戦を迎えている。

 このような中でも韓国では反日意識があった。
それが爆発したのは1974年であった。
 当時、韓国では文世光事件があった。

 1974年8月15日。
この日は韓国では光復の日(日本統治から解放された日)であった。
その光復の式典に参加していた在日コリアンがいた。
彼の名は文世光
彼は北朝鮮側の唆しによって、日本の派出所から拳銃を盗み、
韓国に渡航して、朴正煕大統領を射殺しようとしていた。

 事件は朴正煕大統領には当たらなかったが、
朴正煕夫人に当たり、夫人はのちに死亡した。
これが日本の警察から盗まれた銃ということで、韓国政府と韓国国民は激高した。

 翌9月には日本大使館襲撃されるまでになった。

 当時の日本の考えは、大統領夫人が射殺されたショッキングな出来事と
いうこととともに韓国が貧しいから不満を逸らすために、
反日を煽っているという考えがあった。

 実は信じられないかもしれないが、1960年当時(つまり文世光事件の14年前)には
一人当たりのGNP(当時はGDPをあまり使わず)では、北朝鮮が多かったのだ。
つまり韓国はそれほどまでに貧しい国だった。

 それ故に韓国国民は貧しいから韓国政府の反日扇動に影響を受けるので、
韓国が経済発展して豊かな国になれば、韓国は反日をしなくなると考えた。

 そして経済援助などを多くして、
なおかつ技術供与及び経営ノウハウなどを提供していった。
韓国の経済発展に多大な貢献をしていったのだ。

 しかし経済発展をしても反日はおさまらない。
どころかむしろ悪化しているのが現状なのだ。


真摯な反省
 そして「貧しさ」と並列で言われてきたのが、日本の真摯な反省の不足である。

日本が昔韓国を併合し、彼らは塗炭の苦しみに喘いだ。
それに対する反省が必要なのだが、日本は真摯に取り組んでこなかった。

確かに総理大臣が謝罪したことはある。
しかしその後にA級戦犯が合祀されている
靖国神社に参拝するなどとても反省したとは思えない。

日本が歴史に対する真摯な反省をしないから、韓国は日本を許さないのだ。

 という考えだ。

 これは主に左翼系の人が主張することで、
保守的なおよび右寄りな考えを批判するときに使うのだが、
日本国内でもある一定の支持がある考えだ。

 歴史教科書問題、靖国問題慰安婦問題などの問題が
こじれると必ず韓国側だけではなく、日本側からも主張されるのだ。
ある面、定番と言っても良い主張だ



最近の状況
この3つというのが、戦後の日韓関係がギクシャクするときに言われる理屈だった。
戦後の日本では日韓関係を改善する必要性を感じてはいたが、
韓国政府および韓国国民の反発を見て、

どのように理解すべきか?

ということを考えてきたが、戦後の日本ではこの3つの考え及びそのミックスだった。
とくに近年では3番目、つまり「真摯な反省」のみがよく言われている。
なぜなら李承晩はずっと前に失脚しているし、韓国が貧しい時代はかなり前になっているからだ。


「日本が真摯に反省しないから日韓関係が悪いのだ」というのが唯一の考えになっている。

しかしそれが最近揺らいでいる。


本当に日本が真摯に反省しないから歴史問題があるのだろうか?…と。

実はここに問題がある
その理由は日本と韓国では歴史に対する考え方が違うからだ。




3.「歴史に学べ」とはどういう意味か?

「歴史に学べ」とはプロイセンの宰相ビスマルクの言葉である。
このほかにも多くの人が西洋東洋問わずに同様な発言をしているが、
日本で取り上げられるのはビスマルクの言葉だ。

実は彼自身は「歴史に学べ」とは言っていない

彼が言っているのは
「他人の経験から学べ」である。

自分の経験を絶対視することなく、より多くの他人の経験から、
特に他人の失敗から学ぶことで、将来の失敗を防ぐことができる。
自分の経験より他人の方がたくさん経験している。

その他人の経験を学ぶことで、
自分は失敗を未然に防ぐことができるのだ。

ただし他人の経験の集合体が「歴史」だと考えても不都合はないので、
「他人の経験」=「歴史」と読み替えても問題ない。
故にビスマルクの言葉を「歴史に学べ」と言ってもそれほど的外れではない

つまり巷間言われているように

「賢者は歴史(他人の経験)に学ぶ。 愚者は経験に学ぶ」

ということだ。





4.日本における「歴史に学べ」の意味
 
ところで先にビスマルクの言葉として「歴史に学べ」という言葉を書いた。
そしてその目的は「将来の失敗を未然に防ぐ」ということだ。

 実は日本の歴史というのもそれに近い。

日本で「歴史に学べ」というのは、歴史に学べば、
将来の失敗を未然に防ぐことができる、

という意味なのだ。

 「現在」とは、過去から見ると「将来」である。
過去の時点で考えていたこと、行動したことは現在からは自明である。
そして現在の結果もわかっている。

 そして「現在」も将来から見ると「過去」になり、将来は現在になる。

 つまり過去から現在起きたことを学べば、将来を予測することができる。
過去にこう考え、こう行動したが故に、現在の結果はこうなっている、というのなら、
現在こう考え行動したことは将来こうなる、と予測できる。

過去を学ぶことで、
将来の失敗を防ぐことができるのだ。

 そのためには必ずしなければいけないことは正しい事実である。

 過去にどう考え、どう行動したのか?
その正しい事実を収集しなければならない。
間違った事実を収集しても将来への教訓にはならない。

 炭素と酸素を混ぜても水はできない。
何度やっても二酸化炭素しかできないのだ。
それは「正しい事実」ではないからだ。

 酸素には水素を加えなければならない。
そうすると水ができるのだ。炭素と酸素という間違った事実を
前提にしては間違った結論にしかならない。
水素と酸素という「正しい事実」を把握することが重要になる。



つまり「正しい事実」とは「嘘はいけない」のだ。
「嘘」を前提にすると、将来、失敗をする。
将来の失敗をしないために「歴史(他人の経験)に学ぶ」のに、
「嘘」前提にすると当然、失敗を繰り返すことになる。

歴史に学んで将来の失敗を繰り返さないためにも「嘘」は厳禁なのだ





5.韓国における「歴史に学べ」の意味

ところで韓国も歴史を重視する。
「歴史に学べ」と声高に叫ぶのはむしろ韓国で、
そういう面で日本より歴史を重視しているように思われる。

しかし…そうではない。
日本と韓国では歴史に対する考え方が違うのだ。

どういうことかというと、
日本の「歴史に学べ」とは「将来の失敗をしないため」であり、
韓国の「歴史に学べ」は「現在の自分たちを擁護する」ものだからだ。


 韓国は儒教の国である。
 儒教とは神のいない宗教だ。キリスト教イスラム教は「唯一神」の宗教で、
神の言葉を重視する。神は全知全能で、不死で、永遠に存在する。
 故に神との契約はいつまでも続くことになる。

 聖書やコーランは神の言葉だ。それに逆らうことは許されない。
故にキリスト教イスラム教は解釈の幅は多少あるが、文言は絶対なのだ。


しかし儒教にはそれがない

 儒教は天という存在はある。
そこから天子(つまり中国皇帝)を遣わし、地上を治めることを認める。
 その天子がどうしてわかるのかというと、乱世の中で勝ち残るからである。
秦の始皇帝や漢の高祖は広い中国で戦い、勝ち残ることで天から遣わされた証拠となる。

 そして天子がその地位についたら、何をやってもよいのだ。

 当然、前政権のやったことをひっくり返しても、また継続しても良いのだ。
キリスト教イスラム教はそこが違う。
彼らは聖書やコーランに書いてあることを無視することはできない。
 これらは神との約束なのだから、一方的に破ることは神を裏切ることになる。

 故にどんな破天荒な奴が出てきてもイスラム教徒である限り、
コーランを無視する」
などとは言えない。


しかし儒教にはそのような聖典はない。
もちろん「大学」や「中庸」「春秋」「孟子」などの経典はある。
彼ら儒者もその経典を大事にしている。
 しかしそれらは事例集にすぎない。
儒教の世界ではそれらの経典を暗記して、
必要なことにその事例を引っ張り出せる人が偉いのである。

 昔の王様が「あれはどうすればよいと思うか?」と下達すると、
それに答えて

孟子によると、○○○○でございます。
主君としてはそのようにされるべきでしょう」

というのだ。

 しかし他方で別の者が口を挟み、

「いえいえ、春秋によると××××です。
王としてはそのようになさるべきです。」

と述べる。

 こういう事例を膨大に覚えておき、
必要に応じて、素早く主君に質問に答える人こそ出世するのだ


この儒教の国こそが韓国なのだ。
 韓国にとって歴史とは現在の自分(もしくは主君)を擁護し、
正当化するためのモノなのである。

彼らの歴史の議論を聞いていると決して認めない。
どんな根拠を提示されても、どんなに矛盾を指摘されても認めないのだ。
 それは認めると「現在の自分にとって都合が悪い」からである。
誤りを認めることで、自分の説得力が低下する、自分の信頼が低下することは都合が悪いのだ

 日本人的な感覚からすると、
「誤りは早く認めた方が傷は浅い」と思うのだが、彼ら韓国人はそう考えない。

 極端な話、韓国人にとって誤りを認めることは生死につながるのだ。

 先に書いたように、膨大な儒教の経典を暗記し、素早く適切に提示できる人が出世する。
そして出世すると、他のライバルを、権力を使って排除する。
 つまり出世に負けることは死を意味する場合もある。
それ故に「誤り」など認めていられない。むしろ誤りを認めることで、刑を執行されやすくなる。

 北朝鮮でも粛清される時には必ず“公平な”裁判がある。
そこで罪を認めることで、刑が確定して処刑される。

 彼らの考えでは事実などどうでも良いのだ!

 韓国の言う「歴史に学べ」とは、
「歴史を利用」して現在の自分を擁護する手段なのだ。、




6.日本の歴史と韓国の歴史

 日本の「歴史に学べ」が将来の失敗をしないためであるのに対して、
韓国の「歴史に学べ」は現在の自分を正当化するためである。

つまり両者は考え方が違うのだ。


 日本は将来失敗しないためにミスをミスと認める。
それを早く認めた方が誠実だと思われる。
しかし韓国は現在の自分を守るためにミスを隠ぺいする。

 そこで使われるのが「」なのだ。

 日本のように「将来失敗しないため」であれば、「嘘は厳禁」である。
嘘を事実のもとに教訓を得ても将来の失敗を避けられない。
 水を作るのには水素と酸素を混ぜるのだ。決して炭素と酸素ではない。
そうすると失敗する。水素と酸素を混ぜるという事実を後世に伝えていくことが必要なのだ。

 しかし韓国のように「現在の自分を擁護、正当化」するためなら「嘘」であっても構わない。

 と…いうより」の方が望ましい。

 「事実」は融通が利かないものだ。もう少し何とかしたいと思っても
「事実」は冷徹に存在する。そこは「過去」になっているので、特に手を出せないものだ。

 しかし「嘘」は融通無碍だ。

 如何様でもオーダーメイドができる。必要に応じて加えることも差し引くこともできる。
在日コリアンは強制連行された」「慰安婦は性奴隷だ」「靖国参拝は韓国人を傷つける」
みんな嘘だが、それによって現在の韓国人が日本人から搾取できるというメリットがある。


同じ「歴史に学べ」という言葉でも、
日本は将来の失敗をしないため、韓国は現在の自分たちを守るために使っている。

同じ言葉でも意味はまるで違う。
日本は過去の事実そのままに、韓国は過去を捻じ曲げ、嘘をつくことで「歴史に学んでいる」のである。


こういう両者が歴史議論などしても意味はない

韓国は自分たちの主張こそ「正しい歴史」なのであり、
それを認めない日本は「悪い国」なのだ。
日本にとって「正しい歴史」とは正しい事実に基づくものだ。
正しい事実に基づかなければ同じ失敗を繰り返す。
そうならないためにも正しい事実が重要なのだ。


日本と韓国で歴史論争をすると、日本人は根拠を挙げて相手を説得しようとする。
日本人の考えでは「正しい事実」が重要なので、「事実」を提示すれば、
相手がわかってくれると思う。

日本人は思う。
韓国人はただ誤解しているだけなんだ…と。

しかし韓国は根拠など求めていない
彼ら韓国自身を正当化するものが「正しい歴史」なのだ。
そして韓国の言う「正しい事実」を声高に主張して、
日本側の言い分に一切耳を傾けようとしない。

事実、テレビの討論会などでもそのようなことが繰り返されている。
彼らは日本側の主張に「一理ある」とは全く思わない。
認めたところで自身の正当化につながらない。
彼らが求めているのは「自身の正当化」である。

もう少し違う言い方をすると、韓国の「歴史に学べ」というのは、
自身の考え方を理解しろ、ということであり、

日本の「歴史に学べ」というのは、
自身が歴史から教訓を得ろ、と言っているのだ。

事実を提示して韓国の言い分に反論する日本人に、韓国人はこう言う。

韓国への愛はないのか?

韓国にとって歴史とは「自己弁護の手段」なのだ





7.まとめ
 まとめると、日本と韓国では「歴史」に対する考え方が違う。
日本は将来の失敗をしないために「歴史に学ぼう」とするのに対して、
韓国は現在の自分の正当化のために「歴史を利用」する。

 韓国の歴史に対する考えは儒教からきており、
彼らは歴史の事例を現在の自分を擁護するために使うことを常態化している。
 他方、日本ではそういう習慣はないのだ。

 歴史に対する考えの違い、それがあるが故に、
日韓で歴史問題を話し合っても解決しない。
日本と韓国では歴史に対する土壌が違うからだ。

 日本は事実を重視し、韓国は事実を軽視する。
それどころか「嘘」でも構わない。
そういうスタンスの違いこそが日韓関係を悪化させている元凶なのだ。


 「歴史」に対するスタンスが違う。
だから日韓間で歴史問題を話し合っても意味は無いのだ。